第1540話 再会、父よ(3)
シトュウの転移によって、影人はノルウェーのある山の中にいた。転移した影人は少し肌寒さを覚え軽く身を縮こませた。
「寒っ・・・・・・今は5月のはずなのに、流石北欧だな。いや、山の中だからそう思うだけか?」
周囲を見渡しながら影人はそう呟いた。太陽の高さからするに、どうやらノルウェーはいま朝のようだ。正面には高い岩肌が露出している山が見える。周囲には森があるがそれほど深くなく、また木も高くない。影人の右手側には川が流れている。影人の勝手なイメージだが、ザ・北欧といった感じの山だ。
ちなみに補足しておくと、ノルウェーと日本の時差は8時間なので、ノルウェーの現在の正確な時刻は午前8時過ぎだ。本来なら朝の忙しい時間帯だが、ここは山の中という事でそんな喧騒とは無縁だった。
「空気がめちゃくちゃ澄んでるな・・・・・・さて、父さんはどこにいるかね。それ程離れた場所に転移はされてないだろうが・・・・・・」
取り敢えず、シトュウは影仁が釣りをしていると言っていたので川沿いに歩こう。影人はそう考えると、川の流れに沿って(つまり下流側に)歩き始めた。もし間違っていても、最終的にはシトュウに正確な居場所を聞けばいいだけなので、影人の気は楽だった。
体感時間にして5分くらいだろうか。影人が川沿いに歩き続けていると、正面の方からこんな鼻歌が聞こえてきた。
「ふふふん〜♪ うーん、中々釣れないな・・・・・・釣れてくれなきゃ、朝飯がヤバいんだけどな・・・・・・」
鼻歌に導かれるように影人が進むと、影人の視界内に釣りをしている1人の男の姿が見えた。ボロい砂漠色のマントを纏った中年の男だ。髪の色は黒でボサボサの無造作な髪型。髪の長さは長めだ。無精髭も生えたその男は、身体上の特徴から見るにアジア人、特に東洋人に思われた。男は木の棒に糸でミミズのような生き物を餌で括り付けた簡素な釣り竿を水から上げて、軽くボヤいていた。
「っ・・・・・・」
その男の姿を遠目から確認した影人は、前髪の下の両目を見開いた。無意識に体も少し震える。
(ああ、間違いない・・・・・・間違いない・・・・・・)
一目見た瞬間に分かった。影人の魂が覚えていた。あの別れた時から、姿は多少変わっている。それでも、影人には分かった。
「・・・・・・」
影人はゆっくりとその男の方へと近づいて行った。川沿いの道には砂利というか細かい石が敷かれていたので音が立った。
「ん?」
その音で、釣りをしていた男が影人に気がついた。影人は男から少し離れた所で立ち止まった。
「ん、んん? ノルウェーの山の中に日本の学生服来た若者・・・・・・? 俺は夢でも見てるのか? ていうか、前髪長えな・・・・・・」
男は左手で軽く自身の頬をつねった。すると、確かに痛みがあった。という事はこれは夢ではないという事だ。だが、なぜ急に山の中に前髪が凄く長い学生服を来た若者が現れたのか。まるで白昼夢のような光景だ。男は状況が理解できなかった。
「・・・・・・久しぶり。・・・・・・父さん」
「と、父さん???」
そんな男に影人はそう言葉を掛けた。影人のその言葉を聞いた男は最初意味が分からないといった顔を浮かべていたが、やがて何かの答えに辿り着いたのかその顔を驚愕の色に染めた。
「っ・・・・・・!! なっ・・・・・・お、おま、お前、もしかして・・・・・・影人・・・・なのか・・・・・・?」
「ああ・・・・・・そうだよ」
震える声で言葉を絞り出したその男――帰城影仁に、影人は静かに頷いたのだった。




