第1532話 憧憬(3)
『がっ・・・・・・!?』
影人に蹴り抜かれた怪物が苦悶の声を漏らす。衝撃と痛みが怪物の巨体を走り巡る。そして、影人の右足に付与されていた『破壊』の力によって、怪物はその意識を破壊され、気を失った。影人が右足に付与したのは単純な破壊の力ではなく、意識を一時的に壊す破壊の力だった。
『・・・・・・』
意識を失った怪物は体の制御を放棄し崩れ落ちる。左腕と尾が鎖に拘束されているので、怪物は倒れる事はなく膝から地面に落ちた。
「・・・・・・俺を本気で殺したいなら、『空』かそれ以上の怪物でも連れ来るんだな。まあ、聞こえてはないだろうがな」
眼窩の青い揺らめきが消え去った怪物を見上げながら、影人はポツリとそう呟いた。
すると少しして、怪物の体が光に包まれ始めた。怪物はやがて光の粒子となりその場から消えた。そして、少し遅れて次元の亀裂も修復された。
「・・・・・・」
その光景を見届けた影人はそのまま歩いてどこかに去って行こうとした。だが、そんな影人に陽華と明夜が声を掛けてくる。
「スプリガン! その・・・・・・ありがとう!」
「おかげで助かったわ。ありがとう」
2人は笑みを浮かべながら影人に感謝の言葉を述べた。本当はもう少し砕けた言葉を使いたかったのだが、この場には一般人であり風洛高校の生徒たちがまだいる。ゆえに、2人は短い感謝の言葉だけを述べたのだった。
「ふん・・・・・・感謝の言葉を言う余裕があるなら、もう少し強くなるんだな。俺が介入する必要がないくらいに」
「「なっ・・・・・・」」
しかし、影人の言葉は辛辣だった。その言葉を聞いた陽華と明夜は、まさかそんな言葉を掛けられるとは思っていなかったので、驚いたような顔を浮かべた。
「・・・・・・じゃあな」
影人は最後にそう言うと、フッとその場から消えた。だが、それは消えたと思えるほどの超速のスピードで影人がこの場から離脱しただけだった。
「ふっ・・・・・・彼らしい言葉だったね」
影人がこの場から去った事を悟った光司が、変身を解除して軽く笑みを浮かべた。光司同様に変身を解除しながら、陽華と明夜は少しムッとした顔でこう言葉を漏らした。
「確かにあの指摘はごもっともだけど、それにしてもちょっとキツすぎるよ! よくやったとか一言くらいあってもいいのにさ」
「本当よね。全くツンツンして。たまにはデレを見せてほしいわ」
そして、スプリガンへの軽い不満を漏らした2人は魅恋と海公のいる方向を向いた。
「ごめんね、怖かったよね。でも、もう大丈夫だから」
「あなた達は後輩かしら? 取り敢えず、勝利のVだから危機は去ったわ」
陽華と明夜は魅恋と海公を安心させるようにそう言った。
「そ、そうですか・・・・・・あの、ありがとうございました。朝宮先輩、月下先輩。それに香乃宮先輩も・・・・・・」
「か、感謝感激って感じです。助けてくれて、ありがとうございました!」
海公と魅恋は取り敢えず、3人に対して感謝の言葉を述べた。
「それで、あの・・・・・・聞いてもいいですか? さっきのあの怪物は・・・・・・? それに、先輩方のさっきの姿は・・・・・・」
「それを話すと少し長くなってしまってね。君たちは色々と理由を知らなければ納得は出来ないだろうけど・・・・・・一応、さっきの怪物や僕たちのような存在は安全のために一般には伏せられているんだ。だから、正直詳しくは言えない。本当に申し訳ないけどね」
海公の疑問に光司がそう言葉を返す。光司の言葉を聞いた海公は「そ、そうなんですね・・・・・・」と少し残念そうな顔を浮かべた。
「その、パイセン達はさっきの黒い人を・・・・・・スプリガンを知ってるんですか!? 話してた感じ知り合いっぽいなって思ったんですけど!」
海公に続き魅恋が3人に対してそう聞いて来た。その質問を受けた陽華、明夜、光司の3人は顔を見合わせる。
「うーん、そうだね・・・・・・ちょっとスプリガンと私たちの位置付けは難しいけど、知り合いは知り合いかな?」
「一応、今は味方は味方なんだけど・・・・・・って感じよね。さっきの反応見てると」
「彼は謎の怪人として僕たちと関わってきたから、その辺りがまだ少し曖昧なんだ」
陽華、明夜、光司の3人は魅恋と海公に苦笑いのようなものを浮かべる。3人はスプリガンの正体を知っている者たちだが、その事を無闇に人に話すわけにはいかないからだ。というか、そんな事をすれば影人は間違いなく怒るだろう。ゆえに、3人は曖昧な答えを2人に教えたのだった。




