第1527話 勇気(3)
「・・・・・・海公っち。私が囮になるから、海公っちはその間に逃げて」
「え・・・・・・? な、何を言ってるんですか霧園さん!?」
急に魅恋にそう言われた海公が正気かといった声で魅恋の名を呼ぶ。魅恋は真剣な、それでいて恐怖を顔に張り付かせた顔でこう言った。
「鞄投げちゃったのは私だし、その責任は取るよ。だから、海公っちは早く逃げて。このままここにいたら、間違いなく危ない。死ぬかもしれない。海公っちも死ぬのは嫌でしょ? だから早く!」
「っ・・・・・・」
魅恋が海公を守るように手を広げる。魅恋にそう言われた海公は魅恋の震える手を見つめた。
(霧園さんだって怖いんだ・・・・・・だけど、勇気を振り絞って、霧園さんは僕を逃そうとしてくれてる。ああ、凄い。凄いな霧園さんは・・・・・・)
海公は正直、魅恋の言葉に甘えて今すぐにでも逃げ出したい。だが、逃げ出したいのは魅恋も同じはずだ。しかし、魅恋は海公にそう言ってくれた。これを勇気と言わずして、優しさと言わずして、強さと言わずして何と言うべきか。海公は魅恋に心からの尊敬の念を抱いた。
だから、
「・・・・・・いいえ、霧園さん。僕は逃げません。ここで逃げたら、僕は一生後悔する。自分の事が嫌いになる。それに・・・・・・クラスメイトを見捨てる事なんて僕には出来ません。逃げるのなら、2人でです」
海公は自分も勇気を振り絞り魅恋にそう言った。魅恋の手を自分の手で下げながら。
「海公っち・・・・・・」
海公の言葉を聞いた魅恋がその目を見開く。海公の覚悟を悟った魅恋は「そっか・・・・・・」と声を漏らした。
「じゃあ、もし生き延びたら乾杯しようぜ・・・・・・!」
「ええ、いいですね・・・・・・!」
どこかヤケクソ気味な笑みを浮かべそう言った魅恋に、海公も同じような笑みを浮かべ頷いた。2人は人生で初めて決死の覚悟というものをした。
『さあ、てめえらの魂はどんな味だ?』
怪物が再び口を開ける。暗闇が魅恋と海公を覗く。2人はジリジリと下がり逃げるタイミングを窺う。決死の逃走劇が始まる。そう思われた時、
「――はあぁぁぁぁぁぁッ!」
魅恋と海公の後方からそんな掛け声と共に1人の少女が飛び出して来た。少女は地を蹴り体を捻ると、右の蹴りを怪物目掛けて放った。
『あ?』
怪物は不審そうな声を漏らし、左腕で少女の蹴りを受け止めた。瞬間、衝撃が空間を奔る。それは見た目からは想像も出来ないが、少女の蹴りがそれだけ重いという事実を示していた。
「「え・・・・・・」」
その光景を見た魅恋と海公が驚いたような声を漏らす。そして、その少女は守るように2人の前に着地した。
「大丈夫!?」
少女が振り返り魅恋と海公にそう確認してくる。その少女の顔を2人はよく知っていた。なぜなら、彼女は2人が通う風洛高校の有名人だったからだ。
「あ、朝宮先輩・・・・・・?」
「な、何でパイセンが・・・・・・というか、その格好は・・・・・・」
その少女は風洛が誇る名物コンビの内の1人、朝宮陽華だった。陽華は何やら赤やピンクなどの暖色を基調としたコスチュームを纏い、両手にガントレットを装備していた。
「ちょっと陽華! いきなり攻撃しちゃダメでしょ! まずは対話できるか確かめなきゃいけないんだから!」
「っ、あれが異世界からの流入者か・・・・・・」
すると、この場に新たな者たちが現れた。魅恋と海公が振り返ると、そこには少女と少年がいた。少女は青や水色を基調としたコスチュームを着て、杖を持っていた。少年の方は白を基調としたどこか王子然とした衣装で、腰に剣を装備していた。




