第1526話 勇気(2)
「え・・・・・・・・・・・・」
「なっ・・・・・・・・・・・・」
その光景を見た魅恋と海公は、一転呆然とした顔になった。2人は同じような光景をつい2日前に見た。あの時も何の前触れもなく、2人の前に異形の怪物が現れた。
ただ、今回現れた怪物は以前の骸骨のようなものではなかった。まず、その姿が骸骨よりも遥かに大きかった。骸骨は人間の大人くらいのサイズしかなかったが、この怪物は優に骸骨の倍は大きい。3メートル、いやもしかしたら4メートルはあるかもしれない。
頭部は山羊の頭蓋骨のようで、長い2つの巻き角が特徴的だ。その眼窩には青い炎のような揺めきがあり、その揺らめきがまるで目のようだった。
胴体部は赤黒い筋骨隆々とした肉体で、体には何やら紋様が刻まれていた。腕も含めて、そこだけは人間のようであった。
下半身はこちらも筋骨隆々としていたが、人間のようなものではなかった。強いて形容するならばこれまた山羊だろうか。黒い毛皮に覆われた足の先は蹄になっており、腰の付け根からは尾のようなものが生えていた。
魅恋と海公は知らなかったが、その異形の怪物はこの世界の伝説上の存在――バフォメットという悪魔(または神)にどこか似ていた。
『ああん? どこだここ?』
その怪物は人間には全く理解できない言葉のようなものを発すると、首を回して周囲を見渡した。
「ひっ!? ば、化け物!?」
すると、魅恋や海公たちとは反対側にいた通行人である年若い女性が悲鳴を上げた。女性はあまりのショックに地面に崩れ落ちた。
『? 何だこの生物は・・・・・・? 初めて見る魂の形だな。魔族・・・・・・じゃねえな。あいつらの魂の形はこんなんじゃねえ。じゃあ、吸血鬼か? いや、それも違うな。というか、こいつなんて言ってるか全然分からねえな。何でだ?』
女性の悲鳴に反応した怪物は、魅恋と海公に背を向けジッと女性を見つめた。その際、また意味の分からない音の羅列を並べていたが、やはり怪物が何と言っているのか魅恋と海公には分からなかった。
『まあ、よく分からんが・・・・・・美味そうな魂だ。丁度腹も減ってるし、頂くとするか』
怪物が眼窩に揺らめく青の形を変えた。まるで、ニィと目で笑うかのように。そして、怪物はガバッとその骨の口を開けた。その中には全てを塗りつぶすような暗闇が広がっていた。
「ひっ・・・・・・!」
女性が恐怖を顔に張り付かせたまま、何かを察したのかのように悲鳴を漏らす。女性の漏らした声と、ただならぬ危機感を覚えたのか、魅恋は気がつけば、
「え、えいッ!」
怪物に向かって自分の鞄を投げつけていた。鞄はボスンと軽い音を立てて怪物の背中に命中し、地面に落下した。
『あ?』
「き、霧園さん!?」
鞄を投げつけられた怪物は口を閉じ魅恋たちの方へと振り返った。海公も驚いたように魅恋を見つめた。
「え・・・・・・? う、うわやっちゃった・・・・・・ああ、でも・・・・・・だったら・・・・・・!」
魅恋は自分でも驚いたような顔になったが、やってしまったものは仕方がないと諦め、大きな声で崩れ落ちている女性にこう言った。
「逃げて! できるだけ遠くに! 早くッ!」
「は、はいッ!」
魅恋にそう言われた女性は気力を振り絞ると、這うようにこの場から逃げ出した。女性が逃げた事に気づいた怪物は後ろを振り返ると『ちっ』と不快そうな音を出した。
『獲物が逃げちまったじゃねえか。代わりにてめえらの魂を頂くぜ』
「ひっ・・・・・・!」
「っ・・・・・・!」
獲物を魅恋と海公に変えた怪物が2人を見下ろす。自分たちが獲物にされたと本能で感じた海公と魅恋は更なる恐怖を覚えた。




