第1521話 怪人の立ち位置は(2)
「・・・・・・」
そんな魅恋たちの様子を教室の隅から観察していた男がいた。影人だ。前髪の下の両目で影人はジッと魅恋を見つめていた。こういう時、前髪が長いと視線が他人には分からないので便利だ。
(・・・・・・まだ土曜の事を喋ってはないみたいだな。脅しが効いてるか)
魅恋を監視していた影人は内心でそう呟いた。お喋りだと勝手に思っていたが、魅恋は影人が思っているよりも口が堅かった。
ちなみに、魅恋がSNSなどにあの日の事を書き込んでいないか影人は出来る限り調べてみた。魅恋のSNSのアカウントは知らないので、呟きそうなキーワードを入れての荒っぽいやり方だったが。その結果、一応魅恋があの事を発信してはいないと影人は考えていた。
(そして、こいつも・・・・・・)
「・・・・・・」
影人は視線を自分の隣の席に座っている海公に向けた。そう。魅恋だけでなく海公も影人がスプリガンとして口止めした1人だ。海公に関しては魅恋ほど心配してはいなかったが、海公も今のところは誰かにあの事を吹聴した様子はない。海公は真剣な、それでいて心ここに在らずといったような顔を浮かべていた。
「・・・・・・大丈夫か春野。お前、なんだかやけに表情が硬いが」
影人は海公に声を掛けた。海公がそんな顔を浮かべている理由は大体予想がついていたが敢えて。影人にそう話しかけられた海公は少し驚いたような顔になり、影人の方に顔を向けて来た。
「え? そ、そうですかね・・・・・・?」
「ああ。この休みの間に何かあったのか? もちろん、言えないようなら言わなくてもいいが」
影人はさりげなく海公に鎌をかけた。脅しを掛けた当事者が抜き打ちをするという、中々えげつない方法だが仕方がない。これは必要な事だ。それに、影人にしか取れない方法でもある。ならば、このアドバンテージを利用すべきだろう。海公がポロリとあの日の事を漏らすかどうか、影人は確かめた。
「あ、そ、その・・・・・・実は・・・・・・」
影人にそう聞かれた海公が何かを言いたげな表情を浮かべる。言うか。言わないか。影人は前髪の下の両目を細めた。
「・・・・・・すみません。やっぱり何でもないです。ちょっと考え事してただけですから」
その結果、海公は苦笑いを浮かべその首を横に振った。海公もスプリガンの言葉を守った形になった。
「・・・・・・そうか。考え事の最中に口出しして悪かったな」
「いえ。お気遣いありがとうございます。素直に嬉しいです」
影人が少し申し訳なさそうな声でそう言うと、海公は笑みを浮かべた。その笑みはかなり可愛らしくとても男性には見えない。世の中は不思議だなと海公の笑顔を見て急に哲学的な事を思った影人は、鞄の中から図書室で借りていた本を取り出しページを開いた。そして、文字に目を落とす。聞き耳を立てながら。
(引き続きしばらく観察はするが・・・・・・取り敢えずは2人とも大丈夫ってところだな)
2人の様子を観察していた影人はそう判断した。そして、文字を読まずに見つめながら思考に耽る。
(とにかく、他にも色々やらなきゃいけない事、気になる事があり過ぎるから、霧園と春野の問題にばかり構ってられねえんだよな。本当、今度こそせっかく全部終わったってのによ・・・・・・)
フェルフィズの事、あちら側からの流入者の事、シトュウと再び会わねばならない事、そして復活する光導姫・守護者のシステムなど、思考のリソースを占めるものが多過ぎる。全く、集中して本も読めやしない。
「はあー・・・・・・ああ、今日もいい天気だな」
窓の外に広がる青空に視線を移し、影人は現実逃避気味にそう言葉を漏らした。




