第152話 内なるモノ(4)
(ああ、そういうことですか。私は単純に2回蹴られただけ・・・・・・)
薄れゆく意識の中、泥に塗れたフェリートは自分の身に起こったことを悟った。仰向けに転がると、そこには月を背景に闇を身に纏った金の瞳の怪人が自分を睥睨しながら宙へと浮いていた。
「くくっ、ははははっ、ははははははははははははははははははははははははっ!」
(? 笑っている?)
上空ではスプリガンがさもおかしいといった風に腹をよじりながら笑っていた。
「あはははっ! おっかしいぜ! 何をこんな雑魚にいい戦いしてんだか! てめぇにある力が何なのかも理解してねぇでよ!」
(違う。あれは誰だ。あれは私の知っているスプリガンではない)
見下しきった目で自分を嗤うそれは、フェリートの知っているスプリガンではない。自分の知っているスプリガンは、寡黙でどこか真っ直ぐな感情を持っていた。あんな下劣な笑みを浮かべるような人物では決してない。
「お前は・・・・・・・・誰だ?」
かすれたように、半ば自問気味に呟いたフェリートの言葉を、どうやらスプリガンの体にいるそれは聞き取ったらしい。
「ああん? そんなことをお前が気にする必要なんてないんだよ。レイゼロールとかいうアバズレの部下の雑魚が、俺に口聞いてんじゃねえ」
「!!」
その言葉に。
主を侮辱されたフェリートは、どこにそんな力があったのか、怒気を孕んだ声で叫んだ。
「貴様のような下賤な存在がッ! 我が主を侮辱するなッ! その言葉を撤回しろ! でなければ、もう一度貴様を殺してやるッ!!」
内部がぐちゃぐちゃになった上半身を、気力だけで上げ、フェリートは天に向かって吠えた。
それはフェリートという闇人が見せた明確な感情であった。
「はっ、無理無理。お前程度じゃ俺を殺すなんて道理的に不可能なんだよ。まあ、こいつはそこんところを理解してないから、1回はお前に殺されたけどなぁ」
ひたすらフェリートをバカにしたような笑みを貼り付けながら、手を横に振るそれはフェリートの激情など知ったことではないといった態度だ。
「さてと、どうすっかな。闇人はすこぶる残念ながら、俺にも殺せないんだよな。くそったれ。こいつの本質が闇なんて通常ありえないもんだから、闇人を殺せないんだよなぁ。本当、面倒で訳の分からない体だ」
(何を言っている・・・・・・・・?)
1人でにぼやいている謎の存在の言葉を聞きながら、フェリートは内心疑問を抱いていた。
「まあ、いいか。とりあえず、肉体を粉みじんレベルにしてやりゃ、しばらくは雑魚以下になるだろ」
だが、その疑問に思考を割く余裕などはフェリートにはなかった。スプリガンの体を占領している謎の存在が、右手をこちらに向けてきたからだ。その掌には、高濃度の闇が集まっていく。
「くっ・・・・・・・・」
フェリートはその攻撃に対応するため体を動かそうとするが、体はピクリとも動かなかった。今のフェリートは全ての闇の力を使い、体はたった2発の蹴りをくらっただけでボロボロだ。はっきりいって、今のフェリートは闇奴よりも弱い存在だった。
「あばよ、せいぜい苦しみな」
そして、無情にも動けない泥まみれのフェリートに向かって、高濃度の闇のエネルギーの奔流が迸った。
「くそ・・・・・・・」
フェリートは諦めたように、ただ一言そう呟いた。
フェリートは自分に迫る闇の奔流が身を焦がす瞬間を覚悟した。
しかし、
「――ふん」
突如として自分の前に、白髪の女性が立ち塞がると、女性の前に闇の障壁が展開した。闇の奔流はその壁を焦がし、やがては虚空へと収束した。
「あ?」
「な・・・・・・・なぜ・・・・・・あなた、様が」
スプリガンの体を乗っ取った謎の存在が、疑問の声を上げる。そしてフェリートは、ただただ驚いて目を見開いた。
スプリガンの体を乗っ取った謎の存在も、そしてフェリートもその白髪の女性を知っていた。
足下が泥で汚れることなどを厭わずに、自分を守るように突如として虚空から現れたその女性の名を、自分の主の名をフェリートは気づけば言葉に出していた。
「レイゼ、ロール様・・・・・・・・」
「・・・・・・・なぜか。理由は簡単だ。馬鹿な私の執事を助けに来た。それだけだ」
――そう、現れたのは光導姫・守護者の宿敵、レイゼロールだった。




