第1511話 流入する者(1)
「――改めて以上が現在の状況です」
真界「空の間」。そこで『空』として言葉を述べたシトュウはそう言葉を結んだ。話の内容は神界の管轄下にある地上世界と、その世界とは異なる世界の次元の境界が揺らぎ不安定になった事だ。既に零無から話を聞き、また全知の力でその事態が起こった原因を知っていたシトュウは、対面に座る一柱の神に事情を伝えた。
「・・・・・・そうでございましたか。まさか、まさかあのフェルフィズが生きていたとは・・・・・・しかも、今回のような事態を引き起こし、『空』様を含めた真界の神々の皆様の手を煩わせるとは・・・・・・! 全ては私ども神界の神々の不手際が招いた事。謝して許される事ではございませんが、謹んで謝罪いたします・・・・・・! 大変申し訳ありませんでした・・・・・・!」
シトュウの話を聞いたその男神はそう言うと、深く頭を下げた。白髪の年老いた神だ。彫の深い顔には長く白い髭が生え、好々爺という印象がピッタリである。服装は簡素な白の貫頭衣に白のタスキ。普段の彼はその印象通り、快活ながらゆったりとした人物なのだが、今はその顔に深い皺を刻み非常に申し訳なさそうな顔を浮かべていた。
「・・・・・・顔を上げなさいガザルネメラズ。別にあなたを責めているわけではありませんし、起こった事はもう仕方ない事です。・・・・・・それに、今回の事態が起こった原因は私たち真界の神々にもあるのですから。ゆえに、私たちにも責任はあります」
シトュウは深く頭を下げるその神――神界最古の神であり最上位の神であるガザルネメラズに向かってそう言った。神界の神々から「長老」と呼ばれ慕われているガザルネメラズがこのような様子になっているところを、シトュウは初めて見た。
「先代の『空』様の事でございますか・・・・・・ですが、それでも私どもの責任である事は変わりませんぬ。私たちがフェルフィズをしっかりと始末していれば、このような事態は起こらなかったのですから・・・・・・」
シトュウから零無の事を聞いていたガザルネメラズは顔を上げ、それでもといった感じでその首を横に振った。
「直ちにフェルフィズを討伐しに行きます・・・・・・と言いたいところなのですが、私を含めた神界の神々は地上で力を振るえません。神界への強制送還も、奴は気配を巧妙に隠しているのか、もしくは誤魔化しているのか出来ず・・・・・・」
「あなた方神界の神々には打つ手がないという事ですね。取り敢えず、黒幕たるフェルフィズの事は一旦置いておきましょう。今はそれよりも、地上世界への影響の事についてです」
変わらず申し訳なさそうな顔を浮かべるガザルネメラズに、シトュウはそう言ってこう言葉を続けた。
「応急処置的に地上世界の次元の裂け目は修復し、地上世界に流入した異世界の者たちも、恐らくほとんどは元の世界には還せました。ですが、変わらず互いの世界の境界は不安定なままです。もちろん、境界を早く元の状態には戻すよう尽力はしますが・・・・・・それでも一定の時間は掛かります。その間、いつどこでまた次元の裂け目が現れ、そこから異世界の者が地上世界に流入して来るか分かりません。問題はそこです」
そう。何とか応急処置のようなものは出来たが、問題の解決にはかなりの時間が掛かる。それは『空』であるシトュウや真界の神々の力を以てしてもだ。世界間の境界の修復はそれだけの力がいる。それに加えて、元々シトュウたち真界の神々の役割は、宇宙や並行世界、別次元の世界の安定だ。そのため、地上世界ともう1つの世界の事だけに全てのリソースを割く事は出来ないのだ。
「地上世界に異世界の者たちが流入した時、混乱が生じます。加えて、流入した者が悪意を持っていた場合は更に。そして、私たち真界の神が境界の修復に取り掛かっている間は、その問題に対処出来ません。そうなれば、地上世界の混乱は広がり続けるでしょう」
「そのような心配まで・・・・・・本当に申し訳ありません。本来、地上世界の安定は私たち神界の神の役目であるはずなのに・・・・・・」
「先ほど言ったでしょう。責任は私たちにもあると。私だけでなく、他の真界の神々もそう考えていますよ。それに、この問題は地上世界だけの問題ではありません。別の世界も関わる問題です。ゆえに、私たちが動く理由もちゃんとあるのです」
自分を責めるガザルネメラズにシトュウはそう言葉をかけた。気遣いなどではなく、シトュウは本当にそう考えていた。
「ガザルネメラズ。あなたを呼んだのは情報の共有はもちろんですが、今話した問題に対処してもらいたいからです。その対処方法については既に構想しています」
「っ、もちろん私たちに出来る事ならば喜んで協力させていただきますが・・・・・・僭越ながら『空』様。その構想をお聞かせていただいても?」
シトュウが本題に入る。シトュウの言葉を受けたガザルネメラズは、シトュウがどんな対処方法を考えているか予想も出来なかったため、シトュウにそう聞いた。
「もちろんです。ですが、いずれはあなたも辿り着いた考えだと思いますよ。なにせ、この方法は既にあって、あなたもよく知っている方法ですからね」
シトュウはそう前置きするとこう言葉を述べた。
「ガザルネメラズ、あなたも知っているでしょう。光の女神ソレイユと光の男神ラルバによって眷属化した人間の事を。光導姫と守護者のシステムを」




