第1510話 元凶たる忌神(4)
「なっ・・・・・・フェル、フィズ・・・・・・だと・・・・・・?」
「っ、その名前は・・・・・・」
零無の口からフェルフィズという名前を聞いた影人とシェルディアは、互いにその顔を驚愕の色に染めた。影人もシェルディアもその名前を知っていたからだ。
「・・・・・・零無。そのフェルフィズというのは、『フェルフィズの大鎌』のフェルフィズ・・・・・・という理解でいいのかしら?」
影人よりも先に驚きから立ち直ったシェルディアが、零無にそう質問した。その言葉に零無は頷く。
「ああ、そのフェルフィズだ。まあ、ある意味有名神だよなあいつは」
「そう、やはり・・・・・・」
確認したシェルディアは深刻な顔になった。フェルフィズ。それは一部の者に狂った神、或いは忌神として知られている神だ。本来は神々くらいしか知らぬその名前を、シェルディアは知っていた。長生きしていれば色々な情報は自然と知る事が出来るものだ。だがしかし、確かその神は――
「・・・・・・そいつは遥か昔に死んだはずだろ。少なくとも、俺はソレイユからそう聞いたぜ」
ようやくある程度衝撃を受け止める事が出来たのか、影人がそう言葉を放った。そう。影人の指摘通り、フェルフィズは既に死んでいる神のはずだ。自身が作り、自身の名を冠した全てを殺す大鎌によって。それが、フェルフィズという神を知っている者たちの共通した最期だ。
「その理解は間違っていないよ。あいつは一応死んだ事になっているからね。だがよくある話で、実はあいつは生きていた。それだけの話だよ」
「「っ・・・・・・」」
だが、零無は何でもないように衝撃の事実を述べた。その事実に、影人とシェルディアは再び驚いた顔を浮かべた。
「予め言っておくが、どうやってという疑問には答えられん。ただまあ、自分の作った道具や何やらを使って死を偽造したとは言ってたな。それ以上は知らんよ」
「そう・・・・・・でも、その話が本当だとすれば由々しき事態ね。あのフェルフィズが生きていた。しかも、明らかに混乱と災厄を振り撒こうとしている。現在この世界に生きる者として、また向こう側の出身者として見逃す事は出来ないわ。・・・・・・まあ、不謹慎ながらちょっとワクワクはしているのだけれど」
「ははっ、存外にいい性格してるなお前」
長年生きているため、面白そうな事や事態の変化といった事などに人一倍興味を示すシェルディアが最後にそんな言葉を漏らす。シェルディアの隠しきれぬ本心を聞いた零無は笑いながらそう言った。
「あなたにだけは言われたくないけれど。全く、フェルフィズが生きている事もそうだけど、フェルフィズがそんな事をすると分かっていたなら、もっと早く言ってもらいたかったものね。そうすれば、この状況も防げたかもしれないのに」
「今更もしもの話をするなよ。というか、話ならさっきシトュウにしたぜ。色々聞かれたからな」
「遅すぎるのよ。聞かれなければ話さないという姿勢を改めなさいな」
「うるさい吸血鬼だな。別にいいだろ。吾が境界の揺らぎに制約を掛けていたから、この程度で済んでるんだ。まあ、制約を掛けていた理由は吾と影人が生きるこの世界を壊さないようにしたからだが。だから、境界が不安定になってもまだこの世界は壊れてないだろ」
シェルディアと零無がそんな会話をする。2人の会話を漠然と聞きながら、影人は他の事に、つまりフェルフィズの事にその意識を割いていた。
(フェルフィズ・・・・・・今の零無の話が本当なら、俺が過去で会ったフェルフィズは・・・・・・)
過去の世界で影人とレイゼロールに接近し、そして影人を刺して現代の世界に還した男。影人が死んだという嘘をレイゼロールに伝え、結果的に長年に渡る光と闇の戦いの原因を作った男。その男が名乗った真の名前というのがフェルフィズだ。現代に戻りソレイユにその名前を知っているかと問い、答えたのが遥か昔に死した忌神フェルフィズ。そのため、影人は過去で会ったフェルフィズは、忌神の名を語る偽者か、それ以外の何者かだと今まで思っていた。
しかし、零無の話を聞いてその認識が変わった。過去で会ったフェルフィズは、忌神フェルフィズであった。影人はそう確信した。そして、その男神がまだ生きており、今度は世界に混乱をもたらそうとしている。
「・・・・・・ムカつくな」
ポツリと気づけば影人はそう言葉を漏らしていた。影人はかつてフェルフィズに刺された箇所を右手でギュッと抑えた。同時に、影人の内に怒りの感情が湧き上がって来る。憎悪や殺意といった負の感情も。
「・・・・・・決めたぜ。フェルフィズの奴は俺が潰す。あいつにやられた傷の借りも返さなきゃだからな。お礼参りだ」
影人は自然と冷たい顔になりながら、低い声でそう宣言した。自分の全ての戦いは零無との戦いで今度こそ終わったと思っていたが、どうやらまだだったようだ。ならば、徹底的に戦ってやる。影人は新たに戦う決意をした。
「ふむ、そうかい。確かにお前はあいつと少なからず因縁があったな。どちらにせよ、お前がそう決めたのなら吾はお前の味方をするだけだ」
レゼルニウスの記憶を見てフェルフィズと影人の因縁を知っていた零無は、影人の言葉に理解を示し頷いた。
ちなみに、零無はフェルフィズと影人に因縁があった事を今思い出した、というか気にした形だ。その理由はほんの少し前まで、どうやって影人を我が物にしようかという事しか考えていなかったからだ。要は頭一面お花畑、もとい恋愛脳だったのである。フェルフィズが影人を刺した事を知っていて、零無が怒り狂わなかった理由はそういう事であった。
「私も協力するわ。理由はさっき言った通りよ」
シェルディアも真剣な顔で影人に同意した。
「・・・・・・ありがとよ嬢ちゃん。助かるぜ」
影人はシェルディアに感謝の言葉を告げると、振り返りその金の瞳で夜空に浮かぶ月を見上げた。そして、影人は改めて決意の言葉を吐いた。
「・・・・・・待ってやがれよ、フェルフィズ。てめえが何を考えてるか知らねえが・・・・・・お前はもう俺の標的だ」
スプリガンの新たな仕事が決まった。それは――狂える忌神の討伐だった。




