第151話 内なるモノ(3)
「はあ、はあ、はあ・・・・・・・・」
フェリートの罠によって肉体を貫かれたスプリガンは、地面に倒れた。フェリートとは対照的に地面に赤い血を流すスプリガンを見つめながら、フェリートは勝負がギリギリであったことを実感した。
(危なかった・・・・・・・! まさか、罠を使うことになるとは)
ゴホッゴホッと咳き込みつつ、フェリートは突起物からナイフに形を戻したものを見つめた。
もともと執事の技能、罠は強力なものではない。文字通り、罠として使ったり牽制として使うものだ。五重奏などに比べるとはっきりいって、雑魚レベルの闇の扱い方だ。
だが、フェリートはその罠によってスプリガンを斃すことに成功した。
フェリートがナイフを投げたのは、一応の保険程度だったが、まさかそれによってこのような結果になるのだから全く世界というものはわからない。
(恐らく、スプリガンも私を貫いた一撃で相当の力を使ったのでしょうね。でなければ、五重奏状態だった私にこれほどのダメージは入りませんし、いつもの彼なら罠に反応していた)
「っ・・・・・回復」
スプリガンの血が赤いことを確認しつつ、フェリートは本当に最後の力を使って、自分の傷を癒そうとした。回復の力に変換された闇の力は、フェリートの肉体に空いた派手な穴を徐々に塞いでいく。
そして何とか穴も小さくなり、立てるようにまで回復したフェリートは斃れているスプリガンを見て、ポツリと言葉を漏らした。
「・・・・・・・・レイゼロール様。私はあなたに傷を負わせた輩の首を、あなたに捧げます」
フェリートがすでに事切れているであろう死体に手を伸ばす。
――ああ、しかし世界は、闇は、影人を死なせることはなかった。
ゆらり、と突然スプリガンは幽鬼のように立ち上がった。
「な・・・・・・!?」
フェリートは信じられないものを見るような目で、スプリガンを見た。自分は悪い夢でも見ているのだろうか。
「・・・・・・・・」
スプリガンの全身から極度の闇が立ち上がる。闇はヒビの入っていたスプリガンの頬と、ヒビと出血していた両肩、そしてフェリートの罠により破損した心臓を治していく。
2秒後にはスプリガンの体は完全なものへと姿を戻していた。
(あり得ない!! この状況は何だ!? 自分はギリギリでこの男を殺したはずだ!)
だが、目の前の光景がそれを否定する。フェリートは何が何だか分からないまま、再び臨戦態勢になる。
闇を体から立ち上がらせているスプリガンが、無機質的に金の瞳をフェリートに向ける。その瞳には、いつぞやのレイゼロール戦の時と同じように闇が渦巻いていた。
次の瞬間、フェリートは強烈に過ぎる蹴りをくらい、空中へと身を移していた。
「がっ」
メキメキと骨の折れる音を聞きながら、最上位の闇人は何が起こったのか理解できなかった。
(何が――)
フェリートが蹴られたと分かったのは、それから5秒後。そしてその間に、次は上空から先程と同じ衝撃がフェリートを襲った。
今度は声を上げる暇もなく、フェリートは水の張った田んぼへと叩き落とされた。




