第149話 内なるモノ(1)
自分の右手がフェリートの肉体を貫いたことを確認した影人は、自分の賭けが成功したことを感じた。影人が闇による強化を選択したのは、剣ではなく己の右手だった。
(クソが・・・・・・・だいぶヤバイダメージ貰っちまったが、特大の一撃をくれてやったぜ。ざまぁねえ)
両肩からヒビが広がり、ヒビは体の中心に向かっているが、それでも影人は笑っていた。いけ好かない強敵に、起死回生の一撃を通したことにより、影人は気分が高揚していた。
ヒビはとりあえずなんとかしなければならない。だが、まだ多少は時間はあるはずだ。影人はなけなしの力を込めると、フェリートの体を貫通した右手を抜いた。
「がはっ・・・・・・!」
影人が右手を抜いた瞬間、フェリートの体から黒い血が大量に流れ出す。人間なら心臓のある場所から少しズレたそこには、向こう側の景色が見渡せる穴が空いていた。
「闇よ、我が肉体の崩壊を止めろ。――お前に穴を空けてやるのは、これで2回目だな。気分はどうだ?」
影人のイメージした通り、ヒビは広がることをやめた。頬と両肩からは血が流れているが、アドレナリンが出ているのか、痛みは感じなかった。
ヒビを治すことをせずに、止める事にした理由は影人がまだ闇の力を回復へと変換できないからだ。唯一それができたのは、何かが自分の体を乗っ取った時だけだ。
一方、影人によって黒い血を多量に流すことを余儀なくされたフェリートは、自分が不利になったことを悟った。
(まずい、まずい・・・・・・・! ただでさえ五重奏で力をフルに使っていたのに、この出血量は・・・・・・!)
急激に力が抜けていく感覚がフェリートを襲う。執事の技能、五重奏は流れ出る血と共に解除された。
「どうだって・・・・・・・・・聞いてるんだよッ!」
「っ!?」
苛立ったような声を上げ、スプリガンは黒い血に濡れた右手を握りしめると、右のストレートを弱体化しているフェリートの右頬にぶちかました。フェリートは殴打を受け、よろめき倒れた。
(くそっ、力が全然入らねえ・・・・・・・・・)
フェリートを殴った影人は、自分の力が空っぽになっている事に気がついた。
(俺がイメージしたのは、フェリートの硬く強化された肉体を打ち抜くための全力の一撃。だから持てる全ての闇の力を結果的に使ったってことだ)
おそらく今日はもう闇の力は使えない。それが何故か実感として影人にはわかった。
「は・・・・・・・はは。ぐっ・・・・・・!? 悔しい、ですが・・・・・・あなたは、本当に、恐ろしく、強い・・・・・・」
影人によってアスファルトの地面に倒されたフェリートが、薄弱の笑みを浮かべる。フェリートの周囲には、黒い血が水たまりのように広がっていた。
「はっ・・・・・・そうかよ」
フェリートほどでないにしろ、影人もかなり限界だった。今になってようやく両肩の傷が痛みを訴えてきた。ポタポタと赤い血を流しながら、影人はフェリートを睨みつける。
「ええ・・・・・・今日の、私は、本気でした・・・・・・・・ですが、結果はこの様・・・・・負けましたよ」
上体だけを起こしこちらを見上げるフェリート。負けを認める宣言をした闇人に、影人は変わらず警戒をしながら言葉を返す。
「・・・・・・・さっさとそのままくたばっちまえよ」
「くくっ・・・・・手厳しい。ですが、それは無理です・・・・・・闇人は、死なない。いや、死ねないんです。光の浄化、以外で私たちは・・・・・死なない」
穴の空いた体で闇人のことを語るフェリートに影人は漠然とした不信感を覚えた。




