第147話 死闘、再び(3)
「闇の剣よ、我が両の手に、虚空へと浮かび我に付き従え」
影人の両手に闇色の剣が出現する。そして影人の周囲に合計20の剣が虚空から展開した。
「ああ、物量で来ましたか。ですが、私も今回の戦いにあまり時間は掛けられないという個人的な問題がありまして。――ゆえに短期決戦で、全力で全速で行かせてもらいます」
フェリートは声のトーンを低いものに変えると、5つの言葉を口にした。
「執事の技能、五重奏。――すなわち、壊撃、加速、頑強、幻影、強化」
執事の技能、五重奏。それはフェリートの万能の闇の力を5つ同時に発動させるものだ。これは強力無比な分、消耗が著しく激しい、いわば一種の諸刃の剣だ。
「――今日は月が綺麗ですね。あなたが、死ぬには良い日だ」
そしてフェリートはその超速のスピードを以て、影人の視界から消えた。
「っ・・・・・・・・!?」
影人の眼を以てしても、その初速は捉えられなかった。だが、幸いなことにフェリートが向かってくる方向は分かっている。
(田んぼから水の跳ねた音は聞こえなかった。なら奴の来る方向は――)
影人は全神経を前方へと集中する。真正面からは何の風も気配も感じない。
そうであるならば――
「上だよな・・・・・・・!」
視線を上空へと向けると、フェリートの右手による突きが影人の視界いっぱいに迫っているところだった。
影人は驚異的な反射速度で首を少し傾けることに成功した。なんとか攻撃を確実に避けた。そう影人は思ったのだが、影人の頬にはフェリートの攻撃が掠ったのか、血が流れていた。
(っ!? 嘘だろ、完全に避けたはずだ!? いや、それよりもまずい! フェリートの手にはあの破壊の力が・・・・・・・!)
だが、当然のことながらフェリートが攻撃の手を緩めることはなかった。先ほどよりも恐ろしく速く、おそろしく強くなったフェリートの攻撃に影人は極限の集中を以て対応するしかなかった。言葉を紡ぐ暇などもありはしない。
フェリートの手刀や正拳には両手の剣で対応する。もちろん、フェリートの拳は破壊の力を宿しているので、影人の剣は一撃を止めるごとに崩壊して砕け散っていく。その度に、影人はあらかじめ召喚しておいた剣を持ち、フェリートの攻撃から身を守っていた。
(このままじゃジリ貧だ・・・・・・・! 剣のストックも残り8本しかない。しかも、どういうわけか、フェリートの攻撃が多少ズレてやがる。剣の腹で受け止めてるからズレてもなんとか受け止められてるが、謎を解かなきゃまずい!)
影人の極限の思考の間にも剣は、フェリートの攻撃から身を守るため砕け散っていく。残り7本。
そう。いったいどういう理屈かは分からないが、フェリートの攻撃は――いやフェリート自身というべきか――その実体とは確実にズレているのだ。剣の腹でフェリートの拳を正確に中心で受け止めたとしても、なぜか衝撃は中心ではなく少し左よりから感じる。そのズレが影人の頬の掠り傷を作ったのだ。
そして影人の頬の傷から少しずつではあるが、ヒビが広がっていた。
(どうする帰城影人!? どうすりゃ、こいつに勝てる!?)
フェリートの蹴りを左の剣で受け止める。足にも破壊の力を宿しているらしく、剣は砕けた。残り6本。
(くそッ! 無い物ねだりはしたくないが、せめて無詠唱で力を使えれば・・・・・・! 強化を常態的に使えれば・・・・・・!)
影人は俗に言うピンチの状態だった。今のフェリートに対して、自分は防戦一方だ。そして剣が尽きれば、自分はフェリートの破壊の力に対する対抗手段を完全に失うことになる。
フェリートの神速の手刀を右の剣で受け止める。剣のストックは残り5本。
(はっ、イキってたツケが来たってか・・・・・・・・だが、まだ俺は死ぬ気なんてないんだよ・・・・・・・・!)
徐々に死が迫るにつれ、逆に思考が冷静になってくる。ゆっくりと広がる頬のヒビのことなども、完全に思考から排除する。
(さっきの言葉からフェリートは体を闇で強化してる。だからただの斬撃じゃ攻撃は通らない)
レイゼロール程ではないだろうが、今のフェリートにダメージを与えるなら、闇で一撃を強化しなければならない。影人はフェリートの貫手を剣でいなす。残り4本。
(仕掛けて通すしかない。たぶんチャンスは1回。やるなら、フェリートが油断する可能性のある最後の1本)
苛立ちを強気な択に利用する。それは影人が決めていたこと。まだ、影人の苛立ちは心の中で燻っている。その苛立ちを以て、死ぬかもしれないという恐怖を錯覚させる。
フェリートが避けることの難しいタイミングで、神速の手刀を3回放ってきた。影人は受け止めることを余儀なくされる。3、2、1と連続で剣は砕かれる。残りの剣は1本。
だが、影人の目は死んではいなかった。金色の瞳の奥には怒りの炎が確かに燃えていた。
(さあ、伸るか反るか)
影人は最後の剣を手に取った。




