第1467話 打ち上げパーティーだ1(2)
「お客様、お着替えは終わりましたでしょうか?」
「ああ、はい。終わりました」
外にいる男性に声を掛けられた影人はそう返事をすると、カーテンを開けた。
「よくお似合いでございます。では、こちらが靴の方になります」
「ありがとうございます」
足元に置かれていた革靴を、試着室の中にあった靴ベラを使って履く。取り敢えず、これで最低限見てくれは整った。
「元々お召になっていた物はこちらで責任を持って預からせていただきます。お帰りの際に、お手数ではありますが、またこちらまで。後、こちらの番号カードを係の者にお渡しください。服や靴の方はそちらと交換という形を取らせていただいております」
「はい、分かりました」
男性からカードを受け取った影人は、それをジャケットの内ポケットに入れた。
「それではパーティーをお楽しみ下さい」
「はい、何から何までありがとうございました」
恭しく頭を下げてきた男性に影人も軽く頭を下げると、部屋を出ようとした。だが、そのタイミングで今度は別の、先ほどよりも若いスタッフに声を掛けられた。
「お客様、よろしければ少し髪などを整えていかれませんか? 無論、結構でしたら断ってくださっても大丈夫です」
「あー・・・・・・いえ、髪は・・・・・・」
影人は反射的に断ろうとした。基本的に影人は7年前の一件以来、髪型を変えていない。影人にとってこの前髪は誓いであり戒めだからだ。ゆえに、この前髪は一種の不可侵。だから、生涯この前髪を影人が切る事はない。
だが、
(一応零無との因縁は決着したんだよな・・・・・・だから、過去は一応乗り越えた事になる。もちろん、まだ父さんとかの問題は残ってるし、すっかり慣れちまったこの前髪にも何か愛着はある・・・・・・だけど)
多少は自分も目に見える形で整理をつける時が来たのかもしれない。今日を始めとして。気まぐれとして。
なにせ、
「・・・・・・今日はパーティー。多少はハメを外す日だ。まあ、嫌々だがな」
「? 何か仰いましたか?」
ポツリと影人はそう呟いた。その呟きに男性は軽く首を傾げた。
「あ、いえ何でもないです。すみません。髪を整えるのはいいです。だけど、お願いが1つだけ。すみませんが――」
そして影人は、男性にこう言った。
「――ワックスを貸していただけませんか?」
「・・・・・・帰城影人の奴ちょっと遅くないですか? まさかバックれたんじゃ・・・・・・」
午後6時45分。着付けを終えて、着付け室の外の廊下でぬいぐるみを抱えながら、シェルディアと零無と共に影人を待っていたキベリアはそう言葉を漏らした。キベリアもパーティーに参加するために着付けを行い、その姿は薄い赤色のドレス姿だった。
「それはないわ。影人の気配はすぐ近くに感じるし。流石のあの子もここまで来て逃げないわよ」
キベリアの言葉にシェルディアはそう言葉を返した。シェルディアも当然着替えており、その服装はシェルディアにしては珍しい白を基調としたドレスで、髪型も緩いツインテールではなく、ストレートだった。普段のシェルディアとはガラリと印象が違う形だ。
「そうだぜ、レイゼロールの眷属。影人は覚悟した後はちゃんとする奴だ」
「ああ、そうですか・・・・・・」
シェルディアに続くように零無もうんうんと頷いた。その言葉を聞いたキベリアはどうでも良さそうにそう呟いた。
「・・・・・・」
零無を含めた3人と1匹が影人を待っていると、男子用の着付け室から1人の少年が出て来た。スーツ姿に軽めのオールバック。髪の色と瞳の色は黒。アジア人、とりわけ東洋人だ。全体的に気怠いような、陰のあるような雰囲気を纏っているが、顔はかなり整っている。暗めのイケメンという感じだった。恐らく元守護者か何かだろう。キベリアは適当にそう考えた。
「あら・・・・・・どうしたの影人? 普段のあなたが前髪を上げるなんて・・・・・・」
「おお! お前の素顔を見るのは随分と久しぶりだな! うんうん! やっぱりお前は綺麗な顔をしているな! 昔は可愛いといった感じだったが、今はカッコいいという感じだぜ!」
「え・・・・・・?」
だが、シェルディアは驚いたような顔で、零無ははしゃいだような顔で、そう言った。影人という言葉を聞いたキベリアはポカンとした顔でそう声を漏らした。




