第1456話 ある感情の行方(3)
「最悪だ・・・・・・」
午後3時半過ぎ。放課後の廊下を歩きながら、影人は右手で顔を押さえ項垂れていた。理由は爆睡して午後の授業の記憶がないからだ。正直、よく寝たおかげで睡眠欲はかなり消え、体の疲れもマシにはなったが、それとこれとは話が別だ。留年生である影人は、せめて授業態度だけでも良くしないといけないのに、それがこの始末である。正直かなりヘコむ。
「取り敢えず、明日は春野にノート見せてもらおう・・・・・・ありがたい事に、さっき見せてくれるって言ってたしな」
昇降口で靴を履き替え、校門を出た影人はすっかり気分を切り替えた。やってしまったものは仕方がないからだ。
「さて、帰りになんかアイスでも・・・・・・」
影人がそう呟こうとすると、
「――影人!」
突然、近くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえて来た。その声音には、嬉しそうな感情が多分に込められていた。影人は声のした方向、自分の左斜め前方に目を向けた。
「ふふっ、お疲れ様だ」
すると、そこには1人の女性がいた。無色もしくら透明の長い髪に、同じく透明の瞳。完璧と言っていいほどに顔の整ったその女が纏うのは、白一色の着物。そこにいたのは、神々しいまでの美女だ。そんな女が、満面の笑みを浮かべながら影人にそう声を掛けてきた。
だが、その女性は明らかに普通ではなかった。まず、少しではあるがその体が透けている。次に、女性は裸足で宙に浮いていた。しかし、影人はそんな女性に全く驚いた様子なく、少し嫌そうな顔を浮かべこう言った。
「ふん、別に。それより、お前は何してたんだよ――零無」
「ふふっ、別に。ただお前の学校が終わるまで、この辺りの街を適当に観察していただけだよ」
影人の言葉にその女――零無は変わらず笑みを浮かべながらそう答えを返した。今の零無の言葉からも分かる通り、影人が学校に行っている間、再び幽霊となった零無は、しばらくの間この辺りをぶらついていた。
「そうかよ。で、お前の姿は誰にも見られてないんだよな? 世の中には幽霊が見える奴もいるんだろ」
「いるにはいるが、その辺りは全く大丈夫だよ。今の吾は、お前にしか見えないように設定しているし。まあ、チャンネルを変えれば、そういう者たちや、一般人も吾を見る事は可能だがね」
影人の問いかけに零無はそう答えた。今の零無はただの幽霊で力は全くない。だが、自身の存在調整の力だけは新たに獲得していた。恐らく、原因は肉体だけとはいえ、1度殺された事によるショックだろう。そのため、今の零無は自分の存在を認識出来る存在を増やすも減らすも自由自在だった。
ちなみに、無調整状態、チャンネルが合っていないのに零無を認識出来るのは、零無の魂のカケラを宿す影人と、零無と魂の格が同等レベルの真界の神々くらいだ。以前の幽霊状態とは零無の在り方は少しだけ異なっていた。その原因も、存在調整の力を得たように、恐らくは1度殺されたというショックに起因してのものだろう。零無はそう考えていた。
「・・・・・・分かった。なら、そのチャンネルは基本変えるなよ。俺がいいって言う時以外はな」
「おっと、嫉妬かい? ふふっ、安心してくれよ影人。もちろん、吾はお前のものだからさ」
「違えよバカ。普通にややこしくなるからだ」
「分かっているよ。ただの冗談さ」
「いや、お前の場合は冗談に聞こえねえんだよ・・・・・・」
歩きながら影人と零無(零無は浮きながらだが)は、そう言葉を交わした。




