第1451話 影人と零無、因縁の決着(2)
「ああ・・・・・・色々と思い出すな・・・・・・なるほど、これが人間の言う・・・・・・走馬灯というものか・・・・・・だけど、やっぱり・・・・・・1番鮮明で、1番強烈で・・・・・・1番楽しくて・・・・・・光り輝いている記憶は・・・・・・お前と過ごした、あの夏の記憶だよ・・・・・・」
自分を変えたあの日々。恋というものを、愛というものを知り、世界の美しさを知り、そして自分が「零無」になったあの日々。あの時から零無の本当の生は始まったのだ。明確にそう断言出来る。その前の自分は、生きながらも死んでいたのだ。
「・・・・・・」
零無の言葉を影人は黙って聞いていた。既にやる事はやった。零無はもう少しすれば死ぬ。死に行く者の言葉を、影人はただ聞いていた。
「本当に・・・・・・お前と笑い合った日々は楽しかったなぁ・・・・・・お前はいつからか・・・・・・吾の前では笑わなくなってしまったが・・・・・・」
「・・・・・・いつからかじゃねえよ。明確だ。俺がお前の前で笑わなくなったのは、お前が俺を逃がさないと言った時、お前が俺を脅した時だ。・・・・・・まあ、お前には脅したなんて感覚はないだろうがな」
その言葉に影人は今度はそう言葉を返した。届くはずはない。そう分かっていても、影人はそう言った。
「そう・・・・か・・・・・・ああ、そうだな・・・・・・確かに、あの時から・・・・・・お前は笑わなくなった・・・・・・そうか・・・・・・吾はお前を苦しめていたのか・・・・・・」
「っ・・・・・・」
だが、零無の漏らした言葉は影人が予想していたものでは全くなかった。零無の言葉を受けた影人は驚いた顔を浮かべた。
「死に向かっているから・・・・かな・・・・・・それとも、1度お前の『世界』で・・・・・・魂を浄化されたからか・・・・・・何だか、随分と・・・・・・随分と素直で、まっさらで・・・・・・穏やかな気持ちだ・・・・・・」
零無の体からぼんやりとした透明の光が放たれる。それは消え行く光。零無がこの世界から消え行く、淡い証明だった。
「どうやら・・・・・・吾は間違っていたみたいだなぁ・・・・・・唐突に、本当に唐突に・・・・・・そう思えて来たよ・・・・・・」
先ほどまで身を焦がしていた愛の激情がすっかり落ち着いたからか、零無はポツリとそんな言葉を漏らした。それは今までの零無からは考えられない言葉であった。
「零無・・・・・・」
その言葉を聞いた影人がどこか呆然としたような顔になる。零無はその顔からツゥと透明の涙を流した。
「ごめんな・・・・・・ごめんな影人・・・・・・今更、謝っても遅すぎるし・・・・意味がないのも・・・・許されないのも分かってる・・・・・・でも、ごめんな・・・・・・どうやら、吾は今まで暴走していたらしい・・・・・・子供のように、初めての感情に・・・・浮かれていたらしい・・・・・・その事に今気がついたよ・・・・・・」
零無が懺悔の言葉を口にする。その瞬間、零無の中で何かが氷解した。感情と涙がブワッと溢れて来る。
「は、はは・・・・・・感情1つ制御出来ないで・・・・・・何が真なる神だ・・・・何が全ての頂点に立つ存在だ・・・・・・全てから自由と謳い・・・・・・吾は『空』という役目に雁字搦めだった・・・・ああ、愚かだなぁ・・・・結局、愛というものが・・・・・・本当はどんなものかも分からなかった・・・・・・本当に吾は愚かだ・・・・・・」
「・・・・・・」
泣き笑う零無。そんな零無を見た影人は何とも言えないような顔になった。零無はなけなしの力で、右の手で自身の胸部に触れると、胸の内から透明の輝きを放つ光の球体のようなものを取り出した。
「シトュウ・・・・・・お前に力を返すぜ・・・・・・死に行く吾に・・・・・・もうこれは必要ないからな・・・・・・」
零無はそう呟くと、そっと右手を動かし光の球体を放った。光の球体はふわふわとひとりでに動くと、シトュウの方へと向かい、シトュウの中へと入っていった。




