第1449話 真なる神を斃せし者(4)
『っ・・・・・・』
「今、吾の右手にはこの世の全てを凌駕する痛みを与える力と、精神力を喰らい尽くす力が宿っている。吾の右手に触れられれば、それらがお前を襲うというわけだ。いくらお前でも、これを受ければ気を失う。つまり、吾の勝ちというわけだ」
あまりの輝きに目を細める影人に、零無はそう説明した。そして零無はその光り輝く右手を影人へと向ける。
「さあ、影人。吾はこの手を、お前はその手が触れれば勝負は決まる。覚悟は出来たかい? 吾は出来てるぜ」
『愚問だな。そんなもんはとっくに出来てる』
影人も零無にその影闇と化した右手を向ける。そして、影人は同時に右手の先に闇色のゲートを創造した。潜った対象を爆発的に加速させる「影速の門」。影人が設定できる限界の限界まで速度を上げれるように設定したため、力の消費はかなりのものだった。影人が『世界』顕現を持続出来るまで、残りは1分ほどとなった。
『けっ、しっかり決めやがれよ。じゃなきゃ殺すぜ』
『ああ、分かってるよ。しっかり決めるさ』
そう語りかけてきたイヴに影人は最後に言葉を返す。この発破を聞くのも懐かしい。
「・・・・・・」
『・・・・・・』
零無と影人が最後の視線を交わす。泣いても笑っても、この後の攻防の後に全てが決まる。勝者と敗者が。
そして、両者は有らん限りの力で地を蹴った。零無は超神速の速度で、影人も影速の門を潜り神速を超えた速度で。一瞬もしない内に、刹那すらも超えて2人は互いに肉薄し、自身の勝負を決める右手を振り抜き放った。
その瞬間、
(っ、ダメだ。零無の方が俺よりもほんの少し速い。先に触れるのは零無が先だ)
影人はその事を悟った。ただ事実として。間違いなく、影人よりも先に零無の手が影人に触れる。これはもう変えられない。
ならば、
(受け切るしかない。人間が耐えられない痛みと精神を喰らい尽くす力を。それしか、もう勝つ道はない。改めて、覚悟を決めろ帰城影人!)
影人は零無の攻撃を耐え抜く覚悟をした。そして、影人の右手が零無に届く前に、零無の輝く右手が影人の胸部に触れた。
途端、
『なさm80らわやさたT@mt06ゃあはまをふゆつわmg50わなまはやわ!?』
影人は意味不明な発狂した声を上げた。影人は明確に発狂していた。ダイレクトに精神に人が受け止めきれぬ痛みを受けて。影人が漏らしたのは断末魔の悲鳴だった。
(06なまはた'pjpm9さまあら・・・・・・わjg6やなま・・・・・・57まwgえjpdがpg@tみ・・・・・・)
痛いなどという感覚すら超えて精神がイカれてしまった影人に、次は尋常ならざる疲弊感と喪失感のようなものが襲った。一瞬にして視界の9割が真っ黒な闇に染まる。精神が耐えられずにブラックアウトする道を選んだのだ。影人は発狂しながら今にも気を失いそうだった。その証拠に、影人に纏っていた影闇は霧散し始め、『世界』も不安定になり、崩壊を始めた。零無の胸に灯る魂も薄れ始める。
「吾の勝ちだ影人ッ!」
零無が勝利の宣言を行う。影人はその声をぼんやりと聞き、そのまま暗闇に――
「っ、ぁぁ・・・・・・!」
引き摺りこまれはしなかった。影人は発狂しながも、精神のほとんど全てを暗闇に侵食されながらも、その金の瞳を零無に向け続け、
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
有らん限りの声を叫び、無理やりも無理やりに全てを超克し、正気のほんの一端を取り戻すと、自分の胸に触れている零無の右手、その手首を自身の左手でしっかりと掴んだ。まるで、もう逃がさないというように。
「なっ・・・・・・!?」
その光景に零無が心の底から驚愕する。影人は零無の右手首をギュッと握り締めながら、こう言葉を叫んだ。
「お膳立ては・・・・・・! もう・・・・済んでる・・・・・・んだ・・・・・・! だったら、だから・・・・・・! 後はァッ!!」
影人は残り全ての影闇を自分の右手に集約させた。今の影人はもう通常のスプリガン状態とほとんど同じだった。
「俺がッ・・・・・・! 勝つだけなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
そして、影人は魂を乗せた叫びを上げると、驚愕している零無の、薄れた魂に向かって、
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
叫びながら、その右手を伸ばした。
「ぁ・・・・・・」
そして、影人の右手が零無の魂に触れた。零無は最後に、小さくそう声を漏らした。
――その瞬間、影人と零無の戦いは実質的に決着を迎えた。
かつて、真なる神を封ぜし者は、真なる神を斃せし者へと昇華した。




