第1446話 真なる神を斃せし者(1)
「ああ、言っておくが、お前のその姿はあまり好きにはなれないな。吾は基本的には、お前のどんな姿でも好きだし、好きになれる自信がある。だが、その影のような姿はいただけないよ」
零無が自身の周囲に透明の輝きを放つ7つの剣を召喚しながら、影人にそう言葉を述べる。零無の言葉を受けた影人は、ニィと幽霊のように笑った。
『そいつは嬉しいね。お前に好かれたくなんてないからな。ちなみに俺はお前のどんな姿でも嫌いだぜ』
影人はそう言うと、周囲から鎖を呼び出した。『世界端現』でかつて影人が呼び出した「影闇の鎖」だ。どこまでも対象を追跡し、絶対に拘束する鎖。純粋な力以外では壊せない特別な鎖。
「つまり、どんな吾でも好きという事だろう。ありがとう」
『痴呆がよ』
零無が自身の周囲に召喚した7つの剣を影人に向かって放った。影人も同時に影闇の鎖を放った。
『けっ、今の俺にこんな攻撃なんざ――』
無意味だ。影人がそう言い切る前に、7つの剣は影人の体を貫いた。
『あ・・・・・・?』
自身の体に剣が刺さっている光景。それを見た影人は、意味が分からないといった顔――今の影人は表情が極めて分かりにくいので、他の者が見れば分からないだろうが――を浮かべた。普通ならば、この体には何の攻撃も通らないはず。今の影人は生も死もない不安定な存在で、一種の不死身だからだ。だというのに、この剣は影人の体を貫いた。同時に本当に剣に貫かれたような痛みまで襲って来た。
『っ・・・・・・』
不可解な現象と今にも倒れてしまいそうな激痛に、影人が顔を顰めた。
「不思議かい影人? 攻撃を受けないはずの今の自分に攻撃が当たった事が。痛みを感じる事が。ふふっ、お前吾の本気を舐めすぎだぜ。慢心してるのはどちらかな」
一方、影人が放った影闇の鎖を全て純粋な力だけで破壊していた零無が、笑いながら影人にそう言って来た。そして、零無はこう言葉を続けた。
「今のお前は陽炎のように不安定な存在。ゆえに攻撃は通らない。だが、その剣は不安定な存在すらも貫く剣だ。まあ、今放ったお前の鎖と同じだな。だから、お前にも攻撃は当たる。痛みもある。だけど、心配するなよ。不死を殺す力はないからさ。ただ痛いだけで死にはしないよ」
『ちっ・・・・化け物がよ・・・・・・』
零無の説明を聞いた影人は、自分の体から剣を引き抜きながらそう言葉を漏らした。むろん、引き抜く時も痛みはあったが、それを我慢しながら。
「だから、吾はこう考えているわけだ。お前に痛みを与え続けて、精神をダウン、気絶させてやろうと。それならお前を殺さずにお前を手に入れられるしね。正直、方法はかなり惨いが、愛のためだ。我慢してくれよ影人」
『はっ、悪いが精神力だけは自信があるんだよ。そう簡単に痛みで気絶なんかしてやるもんかよ』
「お前が人である限り、悲しいかな限界は必ず来るよ」
『だったら・・・・・・その前にお前を殺すだけだ』
影人はそう言うと、神速の速度で以て零無に接近した。『世界』を展開したからといって、他のスプリガンの力が使えないわけではない。まあその分、力の消費は早くなるが。
(『影闇の城』を顕現し続けるだけなら大体10分。それに伴ってスプリガンの力も使い続けたら、大体5分くらいが限界か。いいぜ、その間に勝負を決めてやる・・・・・・!)
『影闇の城』の唯一の弱点はその莫大な力の消費量。つまり燃費の悪さだ。こればかりはどうしようもない。
『沈みやがれ』
揺らめく影となった影人が、零無の胸部に灯る魂に右手を伸ばす。この状態で零無の魂に触れれば、影人は魂の状態に決定を下せる。すなわち、死という決定を。
「遅いよ影人。あくびが出そうだ」
だが、零無は余裕たっぷりにそう言うと、影人の手を回避した。そして、右の足を振りかぶると、影人の胴体を蹴り抜こうとした。
『そうかよ。俺もだ』
影人がそう呟くと、影闇の鎖が虚空から零無の右足を縛った。結果、零無の蹴りは影人には届かなかった。




