第1436話 さあ、過去の因縁に決着を(4)
「その通り。物事は必ず終わりがあるものだ。お前の扱っているその力はそれを現した力だ。では、影人。この膠着状態は、どのようにすれば終わりを迎えると思う?」
「・・・・・・集中力は永遠には続かない。いくら互いに緊張感がある戦いだとしてもな。簡単だ。片方の集中力が切れた時、それがこの膠着状態の終わりだ」
零無のその問いかけに影人はそう答えを返した。影人の答えを聞いた零無は満足そうな顔を浮かべ、その首を縦に振った。
「うん。やはり、お前は賢いね影人。まさしくその通りだ。そう。この戦いが決着する時、それはどちらかの集中が切れた時。つまりは、先に精神が限界に至った方が負ける。勝負はもしかしたら、非常に長引くかもしれないし、一瞬で着くかもしれない」
零無は空を地を、縦横無尽に駆けながら言葉を続けた。
「なあ、影人。全ての存在の頂点である吾と、特異な力を手に入れたといってもただの人間であるお前。果たして、どちらの方が長く集中が続くかな。どちらの精神が先に限界に至るかな。答えは、非常に単純で明快だと思うがね」
「っ・・・・・・」
零無が邪悪な笑みを浮かべる。その笑みは影人がこの世で1番嫌いな笑みだ。影人の精神に怒りが込み上げて来る。だが、影人はその怒りを無理矢理抑えつけた。怒りは時には力になるが、現在の状況ではマイナス面の方が大きいからだ。
「・・・・・・はっ、どうだかな。何が起きるかなんて、誰にも分からない」
「ははっ、まあ確かにね」
零無が再び影人の正面に移動する。影人は両手を操り零無に『終焉』の闇を向かわせる。だが、零無にはやはり当たらない。まるで、絶対に掴めない煙のように。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・」
それから、どれくらい時間が経っただろうか。永遠にも一瞬にも感じるような時間。影人はひたすらに零無に闇を向かわせ続けた。しかし、結果は変わらない。零無に闇は掠りもしなかった。肉体的にも精神的にも――主に後者の比重の方が大きい――影人は疲労の色を隠せなくなってきた。
「おやおや影人、どうしたんだい? 息が上がってきてるぜ。もしかして、もう限界が近いのかな?」
そんな影人に、零無はニヤニヤとした笑みを向けて来る。影人は、ギロリとその目を零無に向けた。
「黙れよ・・・・・・まだまだ余裕だ」
「明らかに虚勢だよなあ。つまり、お前は虚勢を張らなければならないほどに疲弊している。自身でその事を証明しちまってるぜ」
零無が幾度目となる透明の鎖を影人に放つ。影人はその鎖を『終焉』の闇で無効化した。
「だが無理もない。影人、お前隠してるつもりだろうが、既に限界を超えてるだろ。肉体的にも精神的にも。ここに来る前の、お前を止めようとする者たちの戦いで」
「っ・・・・・・」
続けて零無は影人にそう言った。零無からそう言われた影人は、ほんの少しだけ眉を動かしてしまった。まるで、零無の指摘が真実であるかのように。その反応を零無は見逃さなかった。
「やはりな。正直、立っているのが意識を手放さないでいるのがやっとの状態だろう。それでも、お前はその尋常ならざる、鋼すらも超える精神力で吾と戦っている。普通ならあり得ない事だよ」
零無が打って変わって真面目な顔になる。零無はこの戦いが始まってからずっと影人を観察してきた。ゆえに、零無は影人がどのような状態になっているか分かったのだ。
「もういいだろう。楽になれ影人。吾のものになれ。それで全てが終わる」
「はっ、泣き落としかよ・・・・・・確かに、お前の言う通りだ零無。今の俺は既に限界だ。体はあちこち痛えし意識も朦朧として来やがった」
「だったら・・・・・・」
零無の指摘を今度は素直に認めた影人。この戦いで初めて、影人は弱さを露呈した。その事をチャンスと捉えた零無が言葉を挟もうとする。
だが、
「だけどな・・・・・・俺は倒れるわけには、諦めるわけにはいかねえんだよ。お前を斃す最後のその瞬間まで・・・・・・俺は絶対に屈しねえ」
影人はその漆黒の瞳に不屈の精神を燃やしていた。そう。影人は絶対に負けられない。自分だけがまたいなくなるわけにはいかない。影人は帰らなければならないのだ。日常に。自分なんかを大切に思ってくれている人たちのために。何がなんでも。
「さあ・・・・・・行こうぜ零無。俺とお前が、行き着く最後の場所まで。言ったはずだ。・・・・・・決着をつけるってな・・・・・・!」
既に限界のはずの肉体と精神を奮い立たせ、影人は強気な笑みを浮かべた。その笑みを見た零無は、自身も強気な笑みを浮かべた。
「そうか・・・・・・そうだな。いいぜ、行こう影人。吾とお前の戦いは、やはり死力を尽くさなければな」
零無は同時にどこか嬉しそうで、楽しそうだった。
そして、
「だがな・・・・・・吾はもう既にチェックはかけてるんだぜ、影人」
零無はそう言ってパチリと右手を鳴らした。
「っ!?」
すると次の瞬間、影人の視界が揺れた。同時に、
影人が今まで感じていた地面の感覚が消えた。
影人は何が起きたのか分からなかった。




