第1432話 鏖殺者、帰城影人(5)
「・・・・・・」
「まだ倒れないか・・・・・・」
ふらふらとしながらも、未だに地に倒れない影人。そんな影人を見たレイゼロールは、また少し距離を取るとポツリとそう呟いた。
「影人・・・・・・」
ふらふらの影人を見つめる事しか出来ないシェルディアが、今にも泣いてしまいそうな顔を浮かべる。シェルディア以外にも、影人と関わりがある者たち、例えばファレルナやソニアや陽華や明夜、光司などは同じような表情を浮かべていた。だが、今は見守るしかない。見守る者たちは必死に動こうとする体を無理やり押さえつけていた。
「・・・・・・これで最後だ。今、楽にしてやる」
(ここだ・・・・・・)
レイゼロールが最後の攻撃を影人に仕掛けようとそう言った。その言葉を聞いた影人は、『終焉』の闇を一際強く噴き出させると、自身の周囲にドーム状に『終焉』の闇を展開させた。その結果、影人の姿は『終焉』の闇の中に消えた。
「「「「「っ?」」」」」
影人が展開した『終焉』のドーム。それを見た者たちがその顔色を疑問に染める。
「ふん、そんなもので」
だが、レイゼロールだけは全く気にしていない様子でそう呟いた。確かに普通ならば、誰もあの触れた瞬間に死ぬ、死のドームには触れられない。いかなる攻撃も通さないドーム状に展開した『終焉』の闇は、絶対無敵の防御手段。だが、レイゼロールには関係がない。レイゼロールは影人の行動を、最後の悪あがきと見た。
「シッ!」
レイゼロールが一瞬にしてドームを貫通する。『終焉』を纏うレイゼロールにこの闇は意味を持たない。
「これで終わりだ、影人・・・・・・!」
レイゼロールがドーム中心にいる影人に向かって、右拳を繰り出そうとした。影人はこの攻撃に反応出来ない。終わった。レイゼロールがそう思った瞬間、
「・・・・・・」
影人は唐突に後ろに倒れ始めた。同時に、影人の体から噴き出していた『終焉』の闇が収まり、影人の姿も元に戻る。展開されていた『終焉』の闇のドームも霧散し始めた。
「っ!?」
その光景を見たレイゼロールは一瞬驚いた顔を浮かべたが、すぐに得心した。影人は気を失ったのだ。とっくに影人は限界だったのだ。当然だ。普通の人間ならば、最初のレイゼロールの攻撃だけでも倒れていてもおかしくはなかったのだから。
「影人!」
後ろ向きに地面に倒れようとしている影人を助けるべく、レイゼロールは影人を抱き止めようと動いた。その際、『終焉』の力は解除する。普通の状態に戻った影人に『終焉』状態のレイゼロールが触れれば死んでしまうからだ。
『加速』したレイゼロールが危なげなく影人を抱き止める。ホッとレイゼロールが安堵したその瞬間、
「・・・・・・悪いな、レイゼロール。俺の勝ちだ・・・・・・お前ならそうしてくれると思っていた・・・・・・」
気を失っているはずの影人がそう呟いた。
「え・・・・・・」
レイゼロールが呆気に取られたようにそう声を漏らした時には、既に遅かった。影人は再び『終焉』の力を解放した。影人の姿が変わり、『終焉』の闇が影人の体から噴き出す。影人の体に触れていたレイゼロールはその闇に触れてしまい、
「あ・・・・・・」
そう声を漏らすと、眠るように気を失い、いや死んでしまった。死んだレイゼロールが今度は逆に地面に倒れようとする。そんなレイゼロールを、今度は影人が抱き止めた。
(・・・・よし、ちゃんとそうなってるな。ぶっつけ本番だったが、レゼルニウスの知識のおかげだな。・・・・・・悪い、レイゼロール。お前の心理を利用した卑怯な手を使って。だけど、今の俺にはこうする事しか出来なかった・・・・・・)
レイゼロールを抱き止めた影人は内心でそう呟いた。影人は気絶するふりをして、レイゼロールを罠に掛けたのだ。そして、通常形態に戻ったレイゼロールに『終焉』の闇を浴びせた。それならば、レイゼロールにも『終焉』の闇は効果を発揮する。
ただ、これはレイゼロールが影人を助けるという心理を前提にした罠だ。心を利用した罠。ゆえに、下劣で最低な方法だ。影人はその事をよく理解していた。影人はレイゼロールをそっと地面に横たわらせた。
「影人あなた・・・・・・」
「何を・・・・・・何をしたんですか・・・・・・」
その光景を見ていたシェルディアがソレイユが、信じられないといった顔を浮かべる。他の者たちも多くは絶句していた。
「何を? 見ての通りだ。レイゼロールを殺したんだよ。さて、これで形勢は逆転だ」
影人は淡々とした様子でそう言うと、その漆黒に染まった瞳で残りの者たちを見つめた。
「次はお前らだ。なに、すぐに全員レイゼロールと同じ所へ送ってやるよ」
そして次の瞬間、影人の全身から凄まじい『終焉』の闇が噴き出した。その闇が、残りの34人を襲った。
「・・・・・・ようやくか」
影人に語りかけてから数十分後。周囲が開けた土地の真ん中にいた零無は、そう呟くとその目を見開いた。零無の透明の瞳が、この場に現れた人物、影人の姿を捉えた。
「やあ、影人。随分と遅かったね。少し待ちくたびれてしまったよ」
「・・・・・・そうかよ。本当なら、一生待たせてやりたいところだが、お前を殺すためだ。だから、来てやったぜ」
零無にそう言われた影人(姿はいつも通りのものに戻っていた)は、冷め切った声でそう返答した。影人の答えを聞いた零無は、「やはりそう来るか」と頷いた。
「うん。まあ予想通りだよ。お前は1人で来る方を選ぶと思っていたからね。他の者たちには何も言っていないのだろう?」
「言ってないが、勘付かれてな。さっきまで、俺と一緒にここに来るって言ってた奴らと戦ってたところだ」
「ほう・・・・・・それは予想外だ。それで、そいつらはどうしたんだい。ここにいないという事は、説得でもしたかい?」
零無が意外そうな顔で影人にそう聞いて来た。その問いかけに、影人は何でもないようにこう言った。
「いいや。言っても聞くような奴らじゃなかったからな。だから・・・・・・全員殺した。35人全員な」




