第1421話 昏い覚悟(3)
「・・・・・・まずい事になったわね」
シトュウの念話を受けポツリとそう呟いたのは、シェルディアだった。夜遅く、自分の寝室のベッドの上に座っていたシェルディアは、彼女にしては珍しく難しげな顔を浮かべていた。
(今まであの零無とかいう女が仕掛けて来なかったのは、おそらくシトュウによる要因が1番大きかった。その要因が取り除かれたという事は、いつあの女が影人を手に入れるために仕掛けて来てもおかしくないという事。今までは薄膜1枚で隔てられていた危険が、すぐ側に来てしまった)
シェルディアはシトュウの戦闘能力を直接見た事はないが、シトュウが尋常ならざる実力者であるという事は理解していた。最初に影人を生き返らせた時、零無はシトュウが現れた事によって退却したからだ。シトュウが現れなければ、零無はレイゼロールとシェルディアと戦っていただろう。つまり、シトュウが現れなければ、零無は2人に勝てると踏んでいたのだ。
ちなみに、力を封じられたシトュウがなぜ念話を使えたかの理由については、シトュウが念話で言っていたが、真界に戻ったからだ。シトュウが力を封じられたのはあくまで地上での話。ゆえに、真界ならばソレイユやラルバと同じく力を扱える。
(不幸中の幸いは、零無が不死殺しの力を使えないという事だけかしら。対して、こちらにはレイゼロールの『終焉』の力、もしくは私の禁呪がある。だけど・・・・・・)
それでも、零無が強力極まりない相手である事に変わりはない。自分やレイゼロールですらも圧倒したあの重圧。シェルディアに限って言えば、生物そのものの格の違いを教えられるような、あんな感覚は初めてだった。当然、零無はあの重圧を発するだけの実力はあるだろう。
(もちろん、負ける気なんてものは全くないわ。何があっても、影人は必ず私が守ってみせる。あの子のためなら、私は何だって出来るのだから)
それがシェルディアの唯一の覚悟。自分に暖かさを教え、自分を受け入れてくれた影人だけは、何をしてでも守る。それだけは明確だ。
だが、
「・・・・・・何だか胸騒ぎがするわね」
シェルディアはポツリとそう呟いた。もちろん、それはただの予感だ。確証のようなものは何もない。
しかし、シェルディアは何か取り返しがつかない事が起こるような気がしてならなかった。
「・・・・・・」
そして、翌日。4月23日火曜日早朝。平日なので、普通に学校があった影人は、自宅を出た。すると、
「影人」
自分を呼ぶ声が近くから聞こえて来た。影人がその声のした方を振り向くと、そこにはシェルディアがいた。
「嬢ちゃん・・・・・・おはよう。外でずっと俺が出てくるまで待ってたのか? インターホン鳴らしてくれりゃよかったのに」
影人は小さな笑みを浮かべ、シェルディアにそう言った。影人にそう言われたシェルディアは、自身も小さな笑みを浮かべた。
「おはよう。ほとんど待っていないから気にしないで。それよりも・・・・・・」
シェルディアは真面目な顔になると、念のため周囲に遮音の結界を張り、こう言葉を続けた。
「昨日の念話は聞いた? シトュウが零無に無力化されてしまったという話の事よ」
「ああ・・・・・・うん。聞いたよ。かなりマズい事になったよな・・・・・・」
その言葉に影人は頷いた。確認を取ったシェルディアが再び言葉を紡ぐ。
「ハッキリ言って、零無の危険度が跳ね上がったわ。零無はいつあなたを狙って仕掛けて来てもおかしくない。だから、影人。あなたは本当ならば、私やレイゼロールの側にしばらくはずっといた方がいいわ。もちろん、あなたの身に何か異常があれば、私やレイゼロールはいつでも駆けつける。でも・・・・・・コンマ数秒の差であなたが攫われる、という可能性もなくはない。だから・・・・・・あまり1人で出歩かない方がいいと思うの」
少し長めの言葉で、シェルディアは影人にそう提案した。シェルディアからそう言われた影人は、再び軽く頷いた。
「そうだな・・・・・・確かに、そっちの方が確実だよな。うん。嬢ちゃんの言ってる事は正しい。俺なんかを心配してくれる稀有なみんなのためにも、俺はそうすべきなんだろうな」
「だったら・・・・・・」
「でも、ごめん。これはどうしようもない我儘だけど、逃げ隠れはしたくないんだ。後は、ちょっと俗な理由にはなるけど、前みたいにあんまり学校もサボれないし。だから、それは出来ない」
しかし、影人はシェルディアにそう答えを返した。




