第1420話 昏い覚悟(2)
「さっき言った通りさ。吾はいつでもお前を迎えに行く事が出来る。それこそ、やろうと思えば今すぐにでも。こんな幻を越えてな。だが、吾は寛大だからな。影人、またお前にこう問いかけようと思うのさ。あの時と同じ、2択だよ」
零無は邪悪をも超えた、超然たる笑みを浮かべながら影人にこう言った。
「影人、明日の夜、1人でとある場所に来い。もちろん、誰にも言わずにな。場所は明日に知らせる。多分、それほど遠い場所ではないさ。1人で来るなら、吾はお前の周囲にいる者に危害は加えない。それは誓ってやろう。だが、1人で来ない場合は、お前の周囲の者たちを殺す。お前の家族や、関わりがある者、人ならざる者、全てをだ。1人で来るか、1人で来ないか・・・・・・お前の選択は2つに1つだ」
零無のその言葉は一種のブラフだった。「無」の力を封じられている今の零無に不死者、つまりレイゼロールやシェルディアは殺せない。だが、影人はその事を知らない。もしかすれば、後日シトュウからその事を聞けば、零無の今の言葉の一部が嘘だと分かるかもしれないが、とにかくとして、今の影人にその言葉が嘘だとは分からなかった。
「っ!?」
零無の無慈悲な宣言を受けた影人は、強いショックを受けた。否応もなく、あの7年前の零無との事が思い出される。あの時も、影人は零無から2択を迫られた。1人で零無と共に行くか、家族を殺されて零無と共に行くかの2択を。
(ふざけるなよ・・・・・・お前はまた、俺から奪うっていうのか。しかも、今度は家族だけじゃない。それ以外の奴らまで・・・・・・!)
ギリッと影人は歯軋りをした。あまりにも悔しくて。あまりにも怒りが込み上げてきて。感情は表面的に爆発はしなかったが、影人の内部で確かに爆発していた。
「だがまあ、お前はもし1人で来たとしても、前のように吾に反逆しようとするだろう。まあ、お前なりの照れ隠しだと吾は思っているが。残念ながらお前はそうすると思わざるを得ない。そして、その時はいいぜ。互いに戦い合おう。互いの力を尽くしてな」
零無は予め、影人に戦いの許可を与えた。これは昔とは違う事だ。零無は以前よりも遥かに強い力を取り戻し、影人も昔とは違いある力を持っている。今の零無にも届き得る力を。
「そろそろ、もう気づいているんだろう影人。吾が言った、お前の力に。さあ、あの時の再現と、その続きと行こうぜ。じゃあな、影人。今日はそれだけ言いに来た。お前がどちらを選択するか、楽しみにしてるぜ」
零無がそう言うと、フッと零無の幻ごと幻覚の風景が消えた。まるで、春の夜の夢のように。
「・・・・・・」
薄明かりが照らす自身の部屋の中心に立ち尽くしながら、影人はただその顔を俯かせた。
「・・・・・・ああ、いいぜ。今度こそ、お前と決着をつけてやる零無」
影人は低い声でギュッと拳を握った。そう。つい先日、影人は零無が言っていた自分の「力」に気がついた。考えてみれば、その力が影人の中にあるのは道理だった。なぜなら、影人は彼から力を受け継いだのだから。そして、影人はゆらりと顔を上げると、こう言葉を続けた。
「俺は・・・・・・必ずお前を殺す」
まるで呪い殺すかのような殺意を、その体から立ち昇らせながら。
影人は昏い覚悟を決めた。
そしてその直後、シトュウから影人、レイゼロール、シェルディア、ソレイユ、ラルバに対し、念話が送られてきた。その内容は、零無が言ったように、零無の罠にかかり地上で力を振るう事を封じられ、戦力外になってしまったというものだった。




