第1414話 邪智胎動(5)
(ですが、何か、何かがおかしいですね。この引っ掛かるような感覚はいったい・・・・・・)
一応、この戦い自体零無の罠だ。ゆえに、引っ掛かりを覚えるのはある意味当然で、チャンスとも言える。シトュウはその引っ掛かりに気が付かなければならないのだ。
「うーむ、さっきと同じ展開か。実につまらんな」
零無はシトュウが時を巻き戻したのを見てそんな感想を漏らしていた。そして、
「じゃあ、一気に終わりにしてみるか」
零無がニヤリと笑みを浮かべると、
「なあ、シトュウ?」
どういうわけか、シトュウの背後から零無の声が聞こえ、ガシリとシトュウの頭部が掴まれた。
「なっ!?」
シトュウが驚愕の声を上げる。どういう事だ。零無はまだ正面にいる。なぜまだ視界内にいるはずの零無が。
(っ、分身もしくは幻覚ですか!)
シトュウはその可能性に思い至った。恐らく、先ほどの2度目の爆発の瞬間に入れ替わったのだ。その証拠に、視界内に映っていた零無はフッと煙のように消え去った。という事は、あの爆発はわざと。目眩しだったのだ。
「そうら、終わりだぜ」
零無は背後からシトュウの頭を右手で掴みながら、左手で軽く虚空を叩いた。瞬間、世界の位相が元に戻る。つまり、亜空間が解除された。周囲の光景が元の森へと戻る。
「っ?」
「亜空間を解除した理由が分からないか。なあに、すぐに分かるよ」
零無がシトュウにそう言った直後、2人を中心として透明の魔法陣が浮かび上がった。シトュウは直感的に悟った。この魔法陣が先ほどまでの魔法陣とは違うという事を。
「ははっ、吾の勝ちだ」
零無が自身の勝利を宣言する。その宣言と共に魔法陣がドクンと胎動し、零無の罠が発動した。
「――いいえ、まだですよ」
――かに思えた。シトュウが努めて冷静にそう言葉を返すと、その魔法陣に重複するように、新たな魔法陣が展開した。その魔法陣は、シトュウが使っていたものと同じものだった。そして、その方陣が展開すると、その下にあった零無の魔法陣は急に消え去った。
「あ・・・・・・?」
その光景に今度は零無が意味が分からないといった顔になる。すると、これまた次の瞬間、掴んでいたはずのシトュウの姿が忽然と消えた。
「そんなに驚く事もないでしょう。その方陣が刻まれる前まで時間を戻しただけですよ」
今度は零無の背後からシトュウの声が聞こえた。零無が振り返ると、零無から少し離れた場所にシトュウの姿があった。零無の手から逃れたのは、単に転移だろう。零無はそう思った。
「・・・・・・へえ、案外に厄介なものだな。『時』の力というものは」
シトュウの方に振り返った零無がそう呟く。あの重複した方陣が、零無の罠を消し去ったのだ。
「・・・・・・ようやく分かりました。私が抱いていた違和感が何なのか。あなたに触られた瞬間に。零無、あなたは・・・・・・『無』の力をまだ1度も使用していませんね。私を殺し得るあの力を」
シトュウが零無にそう答えを告げる。そう。零無はまだ『無』の力を使用していないのだ。全てを虚無へと還すあの絶対的な力を。本当ならば、シトュウに触れた瞬間に使ってもよかったはずなのに。それが、シトュウが感じていた違和感の正体だった。
「ああ、まあたまたまな」
「とぼけますか。まあいいでしょう。今のあなたはなぜか『無』の力を使えない。そして、わざわざ亜空間を解除した事・・・・・・そこに、あなたの目論みのヒントがある」
シトュウは再び世界の位相をズラし、亜空間を構築した。そして、零無をスゥとオッドアイで見つめこう言葉を続けた。
「そして、それはチャンスでもある。零無、私はあたの企みのこの弱点を突いて、あなたから力を取り戻します。それが、私が帰城影人に出来る唯一の贖罪です」
「くくっ、出来るかなあ。お前にそんな事が。断言しとくぜ、お前にはそんな事は出来やしない」
シトュウの決意の言葉に、零無は超然的な笑みを浮かべた。
――邪智が勝つか、決意が勝つか。零無とシトュウの戦いの第2幕が始まった。




