第1412話 邪智胎動(3)
「っ、この気配は・・・・・・」
真界、「空の間」。そこにいたシトュウは、地上世界から突然ある気配を感じた。シトュウには分かる。それは、間違いなく零無の気配だった。
(なぜ今まで気配を絶っていた零無が・・・・・・怪しいですね。明らかに、これは罠。彼女は私を呼び寄せようとしている)
その気配を感じたシトュウは、それが罠だと直感した。シトュウを呼び寄せようという事は、零無はシトュウを倒す、或いは無力化する方法を思いついたという事だろう。
(普通なら行くべきではない。相手は先代の『空』にして、全盛期の半分とはいえ力を取り戻した零無。経験や知恵の使い方に関しては、客観的に見ても彼女の方にその利がある。ですが・・・・・・)
シトュウは零無の反応を無視する事は出来なかった。これを無視すれば、零無は何をするか分からないからだ。そして、これは間違いなくシトュウにとっても、明確な機会になり得る。すなわち、零無を無力化できるかもしれない機会に。
「・・・・・・出来るならば、レイゼロールや吸血鬼、ソレイユやラルバの眷属の助力を借りたいところですが・・・・・・おそらく、誰かを連れて行った瞬間に彼女は退くでしょうね。・・・・・・仕方がありません。ここは零無の思惑通り、1人で行きましょう」
シトュウは立ち上がると、地上世界に続く門を開いた。
「・・・・・・私も、少しでも危険を感じれば退きましょう」
シトュウは最後に自身に言い聞かせるようにそう呟くと、門を潜った。
「ああ、来たか。よう、シトュウ。この前ぶりだな」
切り株の上に立っていた零無が、森の暗闇に向けてそう言葉を放った。すると数秒後、暗闇の中から1人の女が現れた。薄紫の長髪にオッドアイ。シトュウだ。シトュウは雲の隙間から差し込む月光に照らされながら、その姿を現した。
「・・・・・・ええ、そうですね零無」
「あ? ・・・・・・あー、影人から聞いたのか。確かに、今の吾の名前は零無だ。だがなあ、だがなあ、シトュウ・・・・・・お前如きが吾の名前を呼ぶなよ。その名前を呼んでいいのはただ1人。影人だけだ」
シトュウから零無という言葉を聞いた零無は、その身から殺気を振り撒いた。怒っている。それも激怒している。零無の殺気をその身に浴びたシトュウは、その事を理解した。
「名前とは一種の記号です。いつまでも、あなたと二人称で呼ぶのは面倒なのです。ゆえに、私は帰城影人に倣って、あなたの事を零無と呼びますよ」
だが、シトュウはその表情を全く変えずにそう答えを返した。シトュウの言葉を聞いた零無は「ちっ!」と大きく舌打ちした。
「はあー、何だかんだ頑固だよなあお前は・・・・・・正直、最悪の気分だぜ。早く影人とイチャイチャしないと、この気分は晴れそうにないな」
「・・・・・・あなたと帰城影人の因縁は聞きました。はっきり言って、私はあなたをこの世界に追放した事を後悔しましたよ。私たちのせいで、彼の人生は歪んでしまった。ゆえに・・・・・・」
シトュウはその身から紫色のオーラを立ち昇らせた。そして、真っ直ぐにその透明と薄紫の目で零無を見つめた。
「そのケジメは私がつけます。あなたの罠も邪智も、その全てを超えて」
「ふーん、やっぱりその事は理解してたか。いいぜ、戦ろうシトュウ。まあ、お前に吾の企みは越えられないだろうがな」
零無もその身から透明のオーラを立ち昇らせた。既に、この辺り一帯には人避けと力を遮断する結界を零無が展開している。邪魔者はやって来ない。
「この世界の位相よ、ズレなさい」
シトュウがそう唱えると、突如として世界がボヤけた。世界の位相をほんの少しだけズラしたのだ。それは一種の亜空間ともいえる場所だった。
「亜空間か。まあ、吾とお前が本気で戦えば、あの世界は持たないだろうしな。賢明な判断だぜ」
シトュウの意図を察した零無がそう呟く。そして、シトュウは零無にこう言った。
「参ります」
「ああ、来いよ」
零無もそう言葉を返す。そして、それが戦いの合図となった。




