第1411話 邪智胎動(2)
「確かに、あなた様の言う通りですね。ええ、これでも充分。ふふっ、いやあ急にこれからが楽しみになってきましたよ」
自分の手に握られている、3つのクリスタルのような棒状の物を見つめながら、男が笑う。その笑みは先ほどまでの胡散臭いものではなく、どこか狂気的な笑みだった。
「では、私はこれで失礼します。あなた様の願いが叶う事を、私も願っていますよ」
「ああ、せいぜい願ってくれよ。吾と影人が愛で結ばれるようにな」
切り株から立ち上がり、零無から受け取った棒状の物を腰のポーチに入れながら、男がそう言う。男の薄っぺらい願いの言葉に、零無は小さく笑みを浮かべた。
(影人・・・・・・ですか。そう言えば、あの人間もそんな名前でしたね・・・・・・)
零無の愛しているという人間の名前を聞いた男は、ズボンのポケットの中から転移用の指輪を取り出しながら、ふとそんな事を思った。男が思い出したのは、今から約2000年と少し前にいた、とある男だ。少年と言ってもいいかもしれない。その男は不思議な事に恐ろしく前髪が長かった。
(レイゼロールが唯一心を開いた人間、エイト。最終的には私が「帰還の短剣」で刺して、時空の歪みに呑まれた人間。あの現象は本当に未だに謎でしたが。しかし、レイゼロールが唯一心を開いた人間と、この方が愛した唯一の人間が同じ名前とは。運命とは不思議なものですねえ・・・・・・)
或いは皮肉か。男はフッと笑うと、指輪を手に嵌めた。
ちなみに補足しておくと、当然男の言っているエイトは同一人物なのだが、その場合1つの疑問が生じる事になる。それは即ち、男にもエイトの記憶があり、世界改変の効力がなくなった今、男は影人がエイトだったのか気づかないのか、というものだ。無くなっていた記憶が蘇ったのだから、普通は気がつくはず。そう思われるだろう。
だが、その答えは非常に簡単なもので、男はそもそもエイトの事を全く気にしていなかった。それどころか、興味が失せた記憶として、記憶の遥か底に仕舞っていたのだ。それは影人がこの世界から1度消える前から。
そのため、男は自分が記憶を無くしていた事すら知らないのだ。男がエイトの事を思い出したのは、今たまたま零無の口から影人という名前が出たからに過ぎない。それが、男がまだ影人とエイトが同一人物であると気づいていない理由だった。
「『行方の指輪』よ、我の行先を示せ。我の行先は、我の住処なり。では、また」
男がそう唱えると、男の体が黒い粒子となってこの場から姿を消した。男が消えて、1人になった零無は自然と笑みを浮かべ、こう呟いた。
「さて、じゃあそろそろ吾も動くかな。まずは、シトュウを呼び寄せるか」
零無はシトュウを呼び寄せるために、自身の身から『空』にしか分からないような、特定の周波に近い気配を発した。これで、シトュウは零無がどこにいるのか分かるはずだ。
「くくっ、さあ来いよシトュウ。お前は吾の気配を無視できないはずだ。例え、それが罠だったとしても」
切り株に降りた零無がニヤリと笑う。その笑みには、確かに邪悪さがあった。
零無の邪智が胎動を始めた。




