第1410話 邪智胎動(1)
「――ふむ。取り敢えずはこの感じでいくか」
4月22日月曜日、夜。とある森の中。宙に寝転んでいた零無は曇った夜空を見上げながら、ポツリとそんな言葉を呟いた。
「おや、何か思いつかれたのですか?」
そんな零無の言葉に、切り株に腰を下ろしていた男――『物作り屋』が零無にそう言葉をかけた。
「ああ。吾の愛しい人間をこの手に取り戻し、邪魔者を排除する方法をな。今まで影人を取り戻すための1番の障害は、何だかんだシトュウだった。何せ、今の吾とあいつは全くの同格だからな。正直、シトュウさえ介入してこなければ、今頃吾は影人とハネムーンの最中だった。本当、あの時の吾が情けなんか掛けたばかりに、今こんな状態だ。やっぱり、慣れない事はするもんじゃないって反省したぜ」
男の言葉に、零無が軽くため息を吐きながらそう答えた。過去の自分の気まぐれのせいで、零無は未だに影人をこの手中に収められていない。零無はその事を、人間風に言うならば後悔していた。
「ははっ、あなたから反省などという言葉を聞く事になるとは。最近は驚く事ばかりですよ」
「茶化すなよ。ただでさえ胡散臭いのに、余計にそう見えるぜ」
「おっと、これは失礼しました。ですが、あなた様はその最大の障害を排除出来る方法を思い付かれたのでしょう? ならば、いいじゃないですか」
戯けたような、それこそ胡散臭い仕草で男が宙に浮かぶ零無にそう言葉を述べる。男にそう言われた零無は無感情に空を見上げながら、こう言葉を返す。
「まあな。この吾が多少の時間を掛けて考えたんだ。少々面倒ではあるが、これでシトュウは確実に無力化する事が出来る」
「流石ですね。では、そろそろ私の願いを叶えてもらってもよろしいでしょうか? 私が今日あなたに呼ばれた理由はそれでございましょう?」
男が笑みを浮かべ零無に軽く催促する。そう。男は先ほど一方的な零無からの念話によって、この場所に来るように言われた。その内容は、零無が真界に行く前に、零無が力を取り戻せば、男の願いを1つ叶えてやると約束した事に基づく、契約の対価を支払うというものだった。男はその契約もあって、零無に人形と、今は存在しない「帰還の短剣」を貸し与えたのだ。
「分かってるよ。ちょうど今・・・・・・出来たところだ」
零無はそう呟くと右手を虚空に伸ばした。すると、不思議な事に零無の手の先に透明の、クリスタルのような棒状の物が3つ出現した。棒状の物は、それぞれ同じ長さ――大体15センチくらい――で、零無はその3本の棒状の物を手に握った。今まで零無はこれを創造していたのだ。零無はそれを男の方に無造作に放った。
「おっとっとっ・・・・・・これは?」
3つの棒状の物を受け取った男が不思議そうな顔で零無にそう尋ねる。零無は変わらず曇天の空を見上げながらこう言葉を放った。
「一言で言えば、次元の境界を不安定にさせる物だ。まあ、境界を壊し切るまではいかないがな。それをこの世界の次元の要所、まあ霊地だな。3つの最大霊地に突き刺せ。そして、今から教える言葉を唱えろ」
零無は男にその力ある言葉――呪文を教えた。男は零無の言った呪文をただ聞いた。
「――とな。お前なら最大霊地の3つくらいは分かるだろ?」
「ええ、それはまあ」
零無からそう言われた男はその首を縦に振った。男もこの世界は随分と長い。零無がどこの事を言っているのか、男には理解出来た。ちなみに、呪文も完璧に覚えたので聞き返すような真似はしなかった。
「しかし、ありがとうございます。これで、長年の願いの1つが叶えられそうです。まあ、本音を言えば、私は次元の境界は完全に壊したかったのですが」
「贅沢を言うなよ。世界と世界の境界を壊すのは、今の吾でも容易にはいかないんだ。不安定にさせる鍵を創ってやっただけでも、ありがたいと思え。それに・・・・・・いや、やはり何でもない」
「?」
零無はもう1つの、本当の理由を述べようとしたが、それをやめた。零無のその言葉を聞いていた男は、少し不思議そうな顔を浮かべていたが、すぐにいつもの胡散臭いような笑みを浮かべた。




