第140話 あえての結果(4)
「・・・・・・・・・貴様」
「どうした提督。せっかくお前に合わせてやったんだ。さっさとかかってこい」
「いいだろう・・・・・・・・・後悔させてやるッ!」
提督は少し感情的な声でそう言うと、両手の銃から弾丸を発射した。そして光導姫の身体能力ですぐさま距離を詰めてくる。
「やってみろよ・・・・・・・・」
影人は煽るように、提督の放った銃弾を自分の拳銃の弾丸で弾いた。人間からしてみれば信じられない神業だが、スプリガンの動体視力と身体能力があればこの程度のことなら容易い。
提督は至近距離まで近づいてくると、右手の銃をスプリガンの顔に向け引き金を引いた。
影人はそれを首を動かして最小限の動きで避けると、左の水平に構えた銃で提督の足に向けて発砲した。
提督はそれを最低限のステップで回避。そして素早い回し蹴りを影人の左側面へ叩き込もうとしてきた。
おそらく影人の拳銃をたたき落とそうとしての事だろうが、影人は左の腕に力を込めてそれを受け止めた。
だが、当然『提督』の行動はそれでは終わらない。提督は蹴りを受け止められたまま、左の拳銃を突き出すようにそのまま発砲した。
(っ・・・・・・・容赦のない)
なんとか提督の行動に反応した体で、発砲と同時に右手で提督の左手を弾く。そのため、提督の放った銃弾は影人の髪を掠めて、空へと向かった。
「今のをいなすか」
涼しい顔で余裕を見せつけるかのように言葉を発した提督に、影人はソレイユが、「戦闘能力だけなら光導姫最強クラス」といっていた意味の片鱗を感じていた。
(確かにこいつはやるな。・・・・・・・そもそもの戦闘技術っていうのか? とにかく戦いがうまい)
そんなことを思っている間も、影人は提督の蹴りや銃撃を受け止め、いなし、あるいは躱していた。
(・・・・・・・・仕方ない、手加減はなしだ)
スゥと目を細め、意識を少し冷たくさせる。ここからは、自分も積極的に攻撃しよう。なに、光導姫の肉体ならば死にはしないだろう。
影人は提督の右の肘打ちを避けると、意趣返しとばかりに右腕による肘打ちを行った。
「ふん・・・・・・・・」
提督はそれを腕を交差して受け止めた。そして、攻撃に移ろうとした時にはもう遅かった。
影人は左の拳銃を提督が攻撃を受け止めている隙に、提督の左の腿へとあてがっていた。
「!?」
油断はしていなかった。もちろん左の攻撃も警戒していた。だが、それよりもスプリガンの行動が物理的に速すぎた。
(悪く思うなよ)
影人は心の中でそう詫びると、引き金を引いた。
ズドンッ! という音と共に、提督のズボン越しから闇色の銃弾が放たれた。
「ぐっ・・・・・・・・・!?」
激痛が走る。提督が一瞬の痛みで隙を見せた瞬間に、影人は前蹴りを提督の腹部へと打ち込んでいた。
「がっ・・・・・・」
提督はそのまま吹き飛ばされ、地面へと伏せた。
わざわざ田んぼへと蹴り込まなかったのは、提督の白い軍服のような服装が汚れるだろうからという、せめてもの情けだ。
「・・・・・・・・・」
影人は冷徹に地に伏せる提督を見下した。光導姫にとって銃で撃ち抜かれることがどれほどのダメージかは分からないが、今の反応はかなりダメージとなったはずだ。
「やってくれる・・・・・・・・!」
提督は素早く立ち上がると、その赤い瞳で影人のことを睨み付けてくる。
そして影人は気がついた。いま自分が打ち抜いたはずの箇所から、提督が血を流していないことに。
(っ・・・・・どういうことだ?)
提督のズボンは白色だ。血が出ているならすぐにわかる。まさか、光導姫は今の銃撃でダメージを受けないとでもいうのか。
(いや・・・・・・・・違う。あれは氷か?)
よくよく見てみると、影人が撃った箇所に薄い氷が張っていた。そして、その中で血が凍っている。
(どういうカラクリだ? 奴は双銃を主体とした光導姫じゃないのか・・・・・・?)
実際、提督と戦うことを想定していなかった影人は、ソレイユから事前に提督の情報を聞いていなかったことを少し後悔した。
「――どうやら、貴様には全力を出さねばならんようだ。光栄に思え、悪しき者よ」
その時、影人は確かに見た。提督の周囲に水色のオーラが渦巻いているのを。
(なんだ? 寒い・・・・・・・・っ、何かまずい!)
周囲の温度が劇的に下がってきている。そして提督の様子からただならぬものを感じた影人は、反射的に両手の拳銃を提督に向けた。
スプリガンと提督の戦いが第2ラウンドに入ろうとしたその時、第三者はやって来た。
提督とスプリガンの間の道に、闇色のナイフが1本突き刺さり、空から声が振ってきた。
「――随分と楽しそうですね。よければ、私も混ぜてはいただけませんか?」
「「!?」」
易々とアスファルトの地面に突き刺さるナイフを放った主を確認するため、提督とスプリガンは声のする方向――上空を見上げた。
月を背景に1人の青年が浮かんでいる。髪を綺麗に撫でつけた怜悧な顔に、特徴的な単眼鏡。燕尾服のような服に身を包んだその姿は、まさに執事のようだ。
「お前は・・・・・・」
「貴様は・・・・・!」
そしてその青年を、いやその闇人をスプリガンと提督は知っていた。
「「何の用だ」」
奇しくもスプリガンと提督の声が重なる。しかし、2人とも今はそんなことを気にしてはいなかった。
「「フェリート・・・・・・・・!」」
「ですから申したではありませんか。私も混ぜていただきたいとね」
そういって笑みを浮かべたのは、最上位の闇人の1人、フェリートだった。




