第1399話 相容れぬ問答(3)
「ふーん・・・・・・まあ、いいよ。別にそこまで気になっているわけでもないし。ともかくとして、お前は戦ったわけだ。黒衣の怪人として。最終的には、レゼルニウスから『終焉』の力をも受け継ぎながら。ふふっ、吾が言うのも何だが、とても人とは思えないな。後、スプリガンの時のお前も格好良かったよ。うん、本当に」
「御託はいい。俺がスプリガンだったのは、既に過去の事だ。今の俺は何の力もないただの一般人だ」
影人は少し複雑そうな顔を浮かべた。かつては力なんて望んでいなかった。だが、零無が復活してからは、影人は力を、正確にはスプリガンの力を心のどこかで求めていた。ただの人間に戻った自分が、また人ならざる力を求める。そのジレンマから、影人は複雑そうにそう言ったのだった。
「おや? おやおや? おいおい影人。それは何の冗談だい? お前にはまだ力があるだろう」
「っ・・・・・・?」
零無が意味が分からないといった様子でそう言葉を述べる。零無にそう言われた影人は、しかし、零無と同じように意味が分からないといった顔を浮かべた。何だ。いったい、零無は何を言っている。
「・・・・その顔を見るに本当に気づいていないのか。まあ、『力』というのは自覚しなければ気付けないものだし、お前の場合は消滅のショックがあるからな。まだ気付く余裕もないといった感じか・・・・・・うん。なら今この話はいいよ。それに、どうせお前もいずれ気がつくはずだしね」
零無は前半はブツブツと何かを呟くように、後半は影人に向けてそう言ってきた。正直、零無の言葉の意味は気になるが、あの零無が素直に教えてくれるはずがない。影人は零無の発言だけを心に留め、聞き返すような真似はしなかった。
「ああ、あとこれも気になっていたんだが、なぜそんなに前髪を伸ばしたんだい? それじゃあ、可愛いお前の目が見えないじゃないか。吾と会った時はそこまで長くなかったのに」
「なぜだと? 決まってる。お前のせいだ。お前みたいな化け物と2度と目を合わせないために、俺は視界をこの髪で閉ざしたんだよ」
不愉快極まりないといった感じで影人は言葉を吐き捨てる。そうだ。影人がこれ程までに前髪を伸ばした原因は、全て目の前にいるこの透明と白が特徴の女のせいだ。
「ははっ、それで吸血鬼と会ってりゃ世話ないぜ。お前のその決意に意味はあったのかな?」
「黙れよ! 嬢ちゃんと、シェルディアとお前を一緒にするな!」
容易く影人の逆鱗に触れるような言葉を放つ零無。そんな、零無に影人は感情を抑え切れずに怒りのままに言葉を荒げた。影人のその言葉は、かつての自分に対する怒りでもあった。化け物というだけで、零無とシェルディアとを同一視していた、あの時の愚かな自分に対する怒り。その怒りも半ば無意識に込められていたから、影人の荒だった声はかなり大きかった。
「うん、そうだな。確かにお前に愛されている吾と、ただの吸血鬼は一緒ではない。ふふっ、随分と遠回しな愛の言葉だが、吾はちゃんと理解してるし、受け止めるぜ」
「っ・・・・・・! どの口が、どの口が・・・・・・!」
嬉しそうに頷く零無を見た影人の憎悪が限界を越える。そして、影人は怒りと憎しみに満ちた声でこう叫んだ。
「どの口が言いやがる!? 愛なんてあるわけねえだろ! お前のせいで俺は恋愛感情を失ったんだ! 俺には何にも分からねえんだよ! そういう感情は! ああ分かってるよ! 愛と恋は違う! そうさ! 俺にも家族愛はある! 愛は分かる! だがてめえの言う愛は恋愛感情が多分だろう!? だから分からねえんだよ! 分かるつもりすらも出来ねえんだよ! ああ、クソがクソがクソがッ!」
感情が昂りすぎたせいだろう。影人の言っている事は、はっきり言って支離滅裂だった。だが、逆に言えばその支離滅裂な言動が、影人の憎悪がどれほどのものかの一端を表していた。




