第1395話 新たな生活3(3)
「はい。そんな憧れの人である帰城さんが同じクラスで、僕の隣の席になった。不謹慎かもしれませんが、僕はずっと今日その事が嬉しかったんです」
「・・・・・・そうか」
小さな笑みを浮かべる海公に影人も少し口角を上げた。まさか、自分が留年した事で喜ぶ者がいるとは思わなかったが、そう言ってもらえるのならば多少は嬉しいというものだ。
「春野、お前の話は分かった。正直、別に嫌な気持ちはしねえよ」
海公の話を聞き終えた影人はそんな感想を漏らした。そして、暮れゆく空を見上げこう言葉を続けた。
「春野。確かに、意志を貫き通すのは力だ。少なくとも、俺は今までずっとそうしてきたし、これからもそうするつもりだ。それが俺だからな。お前が俺のその部分に自分にないものを見て、そうなりたいと願うのはお前の自由だ。変わりたい、変わりたくないという事もお前の自由だ」
影人はその前髪の下の目を空から海公に向ける。影人が海公に伝えたい事はこれからが本題だ。
「だが、強さってのは1つじゃない。霧園みたいに明るく生きて、人を気にかけるのも強さだ。強さなんて、人それぞれで、大抵1つくらいは誰でも持ってるものだ。お前にだって強さはある。絶対にな。もしそれが分からないっていうなら、それはまだお前が気付いてないだけだ。その事だけは知っておいてくれ」
影人は柄ではないと分かっていながらも、海公にそう伝えた。
影人はスプリガンになって色々な強さを見てきた。それは純粋な力であったり、意志の力であったり、協力する強さであったりと様々だ。それは影からずっと観察していた影人だからこそ言える言葉であった。
「僕にも強さが・・・・・・?」
「ああ。後、1つだけ忠告だ。意志を貫き通す力は、いい面もあるが悪い面もある。どうしても、凝り固まっちまうんだ。行き過ぎると、何をしても崩せないほどに。だから、求めてもそこまでは行くなよ。そこまで行くと・・・・・・中々戻れないからな」
影人は自分とレイゼロールの事を思い浮かべながらそう言った。レイゼロールは影人が死んだと思った時から凄まじい年月をかけて、目的のためにただ邁進した。挫けずに折れずに。悲しくもあるが、それは紛れもない意志の強さだ。
影人は零無と戦うと誓った時に覚悟を決めた。あの時から影人の精神の強さは上がった。その強さは今も影人の核の1つになっている。
だが、影人はそのせいで2度目の死を迎えた。あの時、ソレイユが言ったように誰かを頼っていれば、もしかすれば死なない道もあったかもしれなかったのに。そんな都合のいい事はないとは分かっているが、これはあくまで可能性であり姿勢の問題なのだ。結局、意志を貫き通した結果、影人は死に零無は蘇った。まあ、運が良かった事に再び影人はこの世に蘇る事に成功したが。とにかくとして、それは間違いなく意志を貫き通す力の悪い面だった。
「そこだけは気をつけろよ。俺はもう戻れないしな。だから、時たまには霧園とかの誘いに乗ってやれ。それもいつか強さになるからな」
影人にしては珍しい、どこか優しげな笑みを浮かべながら影人は海公にそう告げる。そして、何かに気づいたようにハッとなると、気まずそうな顔になった。
「悪い。説教臭い事を言っちまった。留年してる奴にこんな事言われても気色悪いだけだよな。すまん、春野」
「いえ、とんでもないです! むしろ、ありがとうございます。帰城さんの言葉はしっかりと僕の中に響きました。貴重なお言葉をありがとうございました」
海公はしかし、首を横に振ると笑みを浮かべて影人にそう言った。何と出来た少年だろうか。これは容姿に関係なくモテるなと、非モテの影人は思った。




