第1392話 新たな生活2(4)
「そりゃそうだろ。さっきも言ったじゃねえか、物珍しさからだろうって。ていうか、面倒くさいとは思ってもドキドキなんかするかよ。だって、俺だぞ?」
影人は少し呆れたように冷静にそう言った。そもそも、暁理は知らないだろうが、零無を1度封じた時から影人に恋愛感情はない。ゆえに異性にも、同性にもそういったドキドキは感じた事がない。それに加えて、前髪野郎は厨二病の孤独好きなので、ただ魅恋の事を面倒だとしか思わないのだ。
「あ・・・・・・そ、そうだよね。だって、君だもんね。ご、ごめん。ちょっと動揺しちゃった。何だかんだ、君とこんなやり取りをするのは久しぶりだから」
帰城影人だからという、あまりにも説得力があり過ぎる言葉に、暁理も一瞬で頭が冷え、影人の襟から手を離した。そうだ。こんな見た目をしているが、この少年は普通の人間とはそもそもの思考が違うのだ。
「お前も大概よく分からん奴だな。別に俺は慣れてるからいいが、他の奴には今みたいなヒステリー起こすなよ。友達なくすぞ」
「死ね!」
「痛え!?」
もう色々とシンプルにそう言った暁理は堪らず影人の頭をしばいた。暴力系ヒロインと言う勿れ。これはあまりにも仕方がない事である。先に言葉の暴力を振るったのはアホの前髪である。
「ははっ。やっぱり、帰城くんと早川さんは仲がいいな」
そんな光景を光司は微笑ましそうに見ていた。
しばらくの間、3人が他愛のない会話を交わしながら昼食を摂っている時だった。突然、3人に向かって聞き馴染みのある声が向けられた。
「あ、帰城くんに香乃宮くん! それに早川さんも!」
「中々珍しい組み合わせね。よかったら、私たちもご一緒してもいいかしら?」
声を掛けて来たのは陽華と明夜だった。陽華はトレーに山盛りのミックスフライ定食を載せており、明夜はカレーライスをトレーに載せていた。
「朝宮さん、月下さん」
「げっ、朝宮に月下・・・・・・」
「あ、どうも」
2人に声を掛けられた光司、影人、暁理がそれぞれそんな反応を示す。特に影人の反応に、明夜がムッとした顔を浮かべた。
「ちょっと帰城くん。げって何よげって。私たちは幽霊じゃないわよ」
「そんな事は分かってるよ。ただ、また面倒な奴らが来たなと思っただけだ」
「いやそれなお悪くない!? 普通に傷ついちゃうんだけど!?」
「そんな山盛りのミックスフライ定食持ちながら言っても説得力ねえぞ朝宮。ただまあ、今はこの辺り以外に席は空いてねえし・・・・・・好きにしろ」
周囲を見渡しながら少し残念そうに影人は2人にそう言った。影人の言葉を聞いた陽華と明夜は、「ありがとう!」「最初からそう言ってくれればよかったのに」と言いながら席に着いた。陽華は影人の隣に、明夜は光司の隣に。
「あ、そう言えば帰城くんクラスはどこになったの? 私と明夜のクラスじゃないから、他のクラスだよね。何組?」
「変わらず2年7組だ。留年したからな」
「「え!?」」
陽華の質問にサラッと唐揚げを頬張りながら、影人はそう答えた。当然の事ながら、影人が留年したという事を初めて知った陽華と明夜は、驚愕した。それこそ、鳩が豆鉄砲を食ったような感じだ。
「え、留年!? な、な何で!?」
「ちょ、ちょっと衝撃的過ぎてついていけないんだけど・・・・・・」
陽華と明夜はそう言葉を続けてくるが、色々と面倒になった影人は簡潔にこう言った。
「そりゃお前、宇宙人に攫われて期末試験すっぽかしたからだよ。他にも素行不良だったとか色々理由はあるが、主な理由はそれだ」
「「っ!?!?」」
いきなりそんな事を言われた陽華と明夜は、更に混乱した顔になるが、影人は無視した。2人は既に影人が消えていた理由を知っている。ならば、いずれこの理由が建前だという事に気がつくだろう。それか、後で光司が2人にそれとなく伝えるだろう。
「ご馳走様。じゃ、俺は先に――」
「あ、帰城くん。今朝言った通り、デザートを奢るよ。どれがいいかな? 一緒に見に行こう」
「いや、それはいい・・・・・・って、香乃宮! 俺を引っ張るな!」
「いいからいいから」
席を立った光司が影人の元まで移動し、無理やり影人をデザートを販売している所まで連れて行く。モヤシの前髪は光司に引き摺られるようにして、連行されていった。
「・・・・・・香乃宮くん、帰城くんに対してちょっと変わったわよね。前より積極的になったというか・・・・・・」
「うん・・・・・・でも、帰城くんも前よりかは柔らかくなった気がする。普通に友達みたいな感じだよね」
「うーん・・・・・・まあ、そうなのかもね」
その光景を見ていた明夜、陽華、暁理がそれぞれそう言葉を漏らした。パッと見たところは、影人は本当に嫌がっているように見えるが、多少影人と付き合いのある3人にはそう見えた。
それから、ショートケーキを手に戻って来た影人と、ニコニコ顔の光司は席に戻って来た。5人は他愛のない話を交わし(まあ、影人はそれほど会話には参加しなかったが)、昼休みは和やかに過ぎて行った。
それは一時の平和な光景。少し前までなら実現されなかった、ある意味では稀有な光景だ。それは、レイゼロールが救われたからこそ、実現した光景でもあるだろう。
だが、それはあくまで一時的なものに過ぎない。零無という新たな脅威が現れた今、影人は再び戦わなければならない運命にあるのだから。
戦いの時は確実に近づいている。しかし、その時までこの一時の平和は続くだろう。
その事を胸に刻みながら、影人はその時間を大事に過ごそうと決めた。




