第1384話 新たな生活1(1)
「ふふっ、いい月だ。あの日に見上げた月を思い出すな。吾が零無となったあの日の月を」
とある日の夜、地上世界のどこか。数日前に復活した零無は、無人の静かな海辺に座り夜空を見上げていた。叢雲1つない夜空のおかげで、月はその輝きを充分に発揮している。降り注ぐ月光を、どこか愛おしそうに浴びながら、零無は影人との記憶に浸っていた。
「ふふっ、今度は影人と一緒にこの月を見上げたいものだな。ロマンチックな雰囲気、そして月を見上げる男女。そして、2人は互いに惹かれ合い・・・・・・うん、いいな」
そんなシチュエーションを妄想した零無が、ニヤニヤとした顔を浮かべる。その様子は恋する乙女にしか見えない。
「だがしかし、愛し合う2人の間に障害は付き物でもある。目下の所は、どうやって影人を奪い取るかだな。影人の周りにはシトュウやらレイゼロールやら、吸血鬼たちがいる事だし・・・・・・はてさて、どうするかね」
シトュウ単体と今の零無は、ちょうど力が拮抗している状態だ。つまり、シトュウと零無が戦っても永遠に決着がつかない、という事だ。その状態で、レイゼロールやシェルディアなどといった者たちが、シトュウに加勢すれば、零無はかなりの確率で負けてしまうだろう。それが、現在の問題だ。
「出来ればシトュウを封じたい所だな。シトュウさえいなくなれば、後は有象無象。しかし、どうやってシトュウを戦いに介入させないようにするべきか・・・・・・」
零無はどうすればシトュウを排除(ここでいう排除は、殺すという意味ではない)出来るかを考えた。だが、現在の自分と同等の存在を排除する方法は、いかな零無といえども、そう簡単には思い付かなかった。
「はあー、悩み考えるという行為は面倒だな。まあ、時間はまだまだあるし、焦らずに考えるか。それまでは・・・・・・影人と行くハネムーンの場所を色々探しに行くか」
零無はそう呟くと、愛しい影人の姿を思い浮かべた。そして、笑みを浮かべこう呟いた。
「もう少しだけ待っていておくれ、影人。必ず吾が迎えに行くから」
「・・・・・・さて、行くか」
4月17日水曜日、午前8時過ぎ。風洛高校の制服に身を包んだ影人は、自宅の玄関でどこか覚悟を決めるようにそう呟いた。今日から影人はまた2年生として学校に通わなければならないのだ。
「何をそんな重たい感じになってるのよ。留年しちゃったもんは仕方ないんだし、いっそ気楽に行ってきなさい。逆にラッキーじゃない。高校生活がもう後2年送れるんだから」
そんな影人に、日奈美がそう言った。日奈美は出勤前なので、スーツに着替えていた。
「いや、そこまでポジティブには流石になれないって・・・・・・でも、そうだよな。留年した事実はもう変えられないし・・・・・・うん、まあ適当に行ってくるよ」
日奈美にそう言われた影人は、やがて小さく笑うとそう言葉を返した。結局、あれから臨時の職員会議が開かれ、影人の留年は正式に決まった。紫織は色々頑張ってくれたようだが、現実はやはりそう甘くはなかったという事だ。
しかし、多少の温情はあった。それは、影人の移動クラス先が、変わらず2年7組で、担任が紫織という事だった。実は紫織は、また同じクラスの担任になっていたのだ。影人の事を知っている紫織のクラス。それが、多少の温情であった。
「行ってらっしゃい。本当、あんまり留年なんて気にしちゃダメよ。人生なんて長いし、何が起きるか分からないんだから。留年くらい大した事ないわ」
「ははっ、やっぱ母さんは大したもんだよ・・・・・・じゃ、バイバイ」
力強い母親の言葉を胸に刻みながら、影人は家を出た。本日も快晴。春の陽気が朝の空気に混じっている。影人は気持ちの良い空気を感じながらマンションを出た。




