第1372話 レイゼロールと前髪と(2)
「さて、取り敢えずは一旦家だな。それでまだ昼過ぎだし・・・・・・ちょっと現実逃避するために、後でまた出かけるか」
一方、陽華と明夜と別れた影人は家へと向かっていた。まずは何とも言い難いが、日奈美に自分がほとんど留年が確定したという事を伝えねばならないからだ。流石にメッセージアプリやメール、電話では言えない。こればかりは、事が重大過ぎる。
「母さんは何だかんだ受け止めてくれそうだけど、問題は穂乃影だよなぁ・・・・・・」
もちろん、日奈美に知らせるという事は穂乃影も知るという事だが、影人は出来る事なら穂乃影にだけはこの事を伝えたくなかった。そこはまあ、なけなしの兄の威厳に関わるからだ。
「はあー、穂乃影の冷たい顔が目に浮かぶぜ・・・・」
影人は大きなため息を吐いた。3ヶ月消えていた兄が今度は留年。普通にえげつないコンボだ。穂乃影は間違いなく呆れ果てるだろう。なんなら、今回ばかりは、しばらく口を利いてもらえないかもしれない。
「兄と妹が同級生。戦い抜いた果ての結末の1つがこれかよ・・・・・・ああ、世は無常だな・・・・」
珍しく、本当に引き摺りまくっている影人は自然と俯きながら歩いていた。人は気が滅入ると自然と俯いてしまうものだが、この前髪もそうしているという事は、前髪は人だったのだろうか。
いや、やはりそれはない。前髪野郎はもはや一種の概念であり、色々な意味で化け物なのだから。こいつはただ人の形をしているだけである。おそらく、これはただの擬態行動だろう。そうに違いない。
「――俯いて歩いていては、何かにぶつかるぞ。ただでさえ、お前はその髪のせいで視界が狭いのだからな」
「っ・・・・・・?」
影人が俯いて歩いていると、突然前方からそんな声が聞こえて来た。聞き覚えのあるその声に、影人が顔を上げると、そこには1人の女がいた。特徴的な白髪にアイスブルーの瞳、西洋風の喪服を纏った女性が。
「・・・・・・レイゼロール? お前こんな所で何してんだよ・・・・・・?」
影人の前になんの前触れもなく現れたレイゼロールに、影人は不思議そうな顔を浮かべた。
「・・・・・・別に何をしているというわけではない。強いて言えば、お前に会いに来た」
「俺に?」
歩道の真ん中に立って、ジッと自分を見つめてくるレイゼロールに、影人はそう言葉を漏らす。
ちなみに、レイゼロールが影人の前に現れた事に対する疑問はない。なぜなら、最後の戦いが終わって以来、レイゼロールはシェルディアやソレイユ同様に、影人の気配を覚えているからだ。ゆえに、影人がいつ、どこにいても影人の元に転移する事が可能なのだ。
「そいつはまあ、嬉しいが・・・・・・悪いな。俺は1回家に帰らなきゃ行けねえんだ。ちょっとまあ、ショッキングな事を家族に言わなきゃならないし・・・・」
「? よく分からんが・・・・・・ダメだ。お前には今から今日1日、我に付き合ってもらう」
影人の言葉を聞いたレイゼロールは一瞬不思議そうな顔を浮かべたが、すぐにいつもの表情に戻るとそう言ってきた。




