第1360話 襲い来る現実、家族との再会(5)
「いや、だから本当なんだって! 母さんとか穂乃影、俺の事忘れてたって言ってただろ? 後、俺に関する物なんかも消えて、俺の部屋も物置きになってたって。それは全部、宇宙人のせいなんだよ!」
しかし、影人は変わらず真剣な顔を浮かべながら、その首を横に振った。
「っ・・・・・・? ど、どういう事よ・・・・・・?」
影人のその言葉を聞いた日奈美が、驚きと困惑が入り混じったような顔を浮かべた。日奈美の言葉を聞いた影人は、掛かったと思った。
「いや、捕まった際に言われたんだよ。テレパシーみたいな頭の中に直接響くような声で。『もうお前に助けは来ない。この瞬間、お前に関する記憶やお前に関わる物は全て消した』って。じゃないと、おかしいじゃないか。俺の事を今まで忘れてて、急に思い出したなんて話。きっと、俺が逃げる事に成功したから、その宇宙人の不思議な力が解けたんだよ」
影人はしっかりと日奈美と穂乃影にその説明が伝わるように、ハッキリした口調を心掛けながらそう言った。そう。影人は普通ならば合理的に説明できないこの問題を、全て宇宙人と宇宙人の不思議パワーのせいにしたのだ。
「え、ええ・・・・・・? そんな話・・・・・・いや、でも実際有り得ないような事が起こってたのは事実だし・・・・・・うーん・・・・・・」
「有り得る・・・・・・のかな・・・・・・?」
普通ならば、そんな荒唐無稽な説明をされても、日奈美も穂乃影も信じはしない。だが、実際に影人の存在を忘れていたという、常識では考えられない事が起こっていたのだ。ゆえに、日奈美と穂乃影は難しげな顔を浮かべながらも、影人の説明に納得しかけていた。
(くくっ、よしいい感じだぜ。目には目を。歯には歯を。荒唐無稽には荒唐無稽をだ・・・・・・!)
信じられない話ならば、下手に理屈を捏ねるよりも、信じられないような理由をでっち上げた方がいい。その方が人は逆に信じやすくなる。昔、何かの本で読んだような気がするその理論を、影人は利用したのだ。
「・・・・・・・・・・・・はあー。分かったわ。正直、まだ全然あんたの話は信じられないけど、あんたが正気なのは確かみたいだし、取り敢えずは理解はしてあげる。いや、本当まだ全然納得してないけど・・・・・・」
その理論が上手く通ったのかは分からないが、日奈美は大きなため息を吐きながら、そんな言葉を言ってくれた。内心でガッツポーズをした影人は、頷くと更にこう言葉を続けた。
「ありがとう、母さん。今はそれで充分だ。いや、それにしても本当危なかったよ。宇宙人って、本当にタコみたいな奴らでさ。そんな奴らがウニョウニョと何体も――」
「ああ、もうそれは今は別にいいから! 全く、頭がおかしくなりそうだわ・・・・・・」
影人の言葉を日奈美は途中で遮った。その顔には明らかに疲れの色が浮かんでいた。無理もない。実の息子が大真面目にそんな事を言ってくれば、誰でも疲れて来るだろう。
「・・・・・・結果として、あんたが戻って来た。正直に言えば、それが全てよ。というか、そう思わないとやってられないし・・・・・・本当、よかったわ。記憶を無くしてたとはいえ、あんたまで影仁みたいにずっと消えたままだったら・・・・・・流石の私も、無意識にいつか精神が壊れてたかもしれないし」
「っ、母さん・・・・・・」
日奈美の漏らしたその言葉に、影人は複雑な顔を浮かべた。日奈美のその言葉は、影人の心に深く突き刺さった。今更ながら、影人は自分がよかれと思ってした事が、どれだけ自分勝手な事だったのか痛感した。
「でも、あんたは帰って来たのよ。私たちの元に。だから、私はまだ今のままの私でいられるわ。・・・・・・よし、湿っぽい話は取り敢えずこれで終わりよ! せっかく休んだんだし、今日はみんなでどこか行きましょ。これ、決定事項ね。影人も穂乃影も、取り敢えず着替えてらっしゃい。影人はさっき部屋を見たら物置きから元のあんたの部屋に戻ってたし、服はいつものクローゼットの中にあるわ」
「それは分かったけど・・・・・・えらい急に決めたね。まあ、母さんらしいけど」
急に雰囲気を切り替えてそう言った日奈美に、影人は苦笑した。日奈美の隣に座っている穂乃影も、影人と似たような顔を浮かべていた。
「人生何でも急なのよ。夫が何の前触れもなく蒸発したり、息子が宇宙人に攫われたり。だったら、思い立ったが吉日の精神で生きていかないと。じゃなきゃ、とても人生なんてやってられないわ」
日奈美はフッと格好のいい笑みを浮かべた。さっきの今でこう言える精神力は、間違いなく前髪の母親であった。
「ほら! 2人ともさっさと準備する! 早くしないと1日は短いのよ!」
「わ、分かったって!」
「さっき着替えたばっかりなのに・・・・・・」
日奈美に急かされた影人と穂乃影は慌ててイスから立ち上がった。そして、2人はそれぞれ自分の部屋に戻ると私服に着替え始めた。
――それから十数分後。3人は日奈美の運転する車で外に出かけた。家族水入らずで。その日、3人は色々な場所を車で回り、久しぶりに家族の仲を深めたのだった。




