第1358話 襲い来る現実、家族との再会(3)
「・・・・・・着いちまったな」
喫茶店「しえら」を出て約20分後。影人はあるマンションの前に立ち、マンションを見上げていた。6階建のどこにでもあるようなマンションだ。このマンションの一室が、影人や日奈美、穂乃影が暮らしている家なのである。
「なに? 今更怖気付いたの?」
「いや、別にそういうわけじゃ・・・・・・ていうか、嬢ちゃん。そろそろ、組んでる腕を外してくれないか? も、もういいだろ・・・・・・?」
少し意地の悪い顔でそう言って来たシェルディアに、影人は困ったような、恥ずかしいような顔でそう言った。喫茶店を出てからここまで、なぜかずっとシェルディアと腕を組まされているのだ。影人は嫌がったが、シェルディアはニコリとした顔のまま、「ダメよ。絶対に」と言って譲らなかった。おかげで、影人はずっとシェルディアと腕を組んだまま歩き続ける事になった。まるで、恋人のように。影人は正直、かなり恥ずかしかった。手を繋ぐと組むのでは、色々と違うのだなと影人は思った。
「むぅ・・・・・・仕方ないわね。本当はもっと組んでいたいし、全く満足も納得もしていないけど。あなたがいなかった分の埋め合わせは、また別の機会にしてもらいましょう」
シェルディアは子供のようにぷくっと頬を膨らませそう言うと、名残惜しそうに組んでいた自身の腕を影人の腕から外した。影人は埋め合わせは別の機会にという言葉に、正直面倒な予感がしたが、敢えてその言葉に反応しなかった。
「よし・・・・・・行くか」
影人は真剣な顔を浮かべると、マンションの中に足を踏み入れた。シェルディアも影人の横に並び、マンションの中へと入る。
階段を上り、マンション構内の廊下を歩く。そして、あっという間に、
「・・・・・・」
影人は自分の家であるマンションの一室の前に辿り着いた。影人はマンションの紺色のドアを、難しげな顔で見つめた。
「・・・・・・じゃあ、影人。私はこのまま戻るわね。あなたと、あなたの家族の感動の再会に水を差したくはないし。だから、また後で」
「ああ、ありがとうな。本当にありがとう、嬢ちゃん。うん。また後で」
シェルディアの気遣いに、影人は心からの感謝の言葉を述べた。
「・・・・・・どうしても、いい説明が思いつかなかったら呼んでちょうだい。力になるから」
シェルディアは最後にそう言うと、隣の自分の家の中に消えて行った。バタンというドアを閉める音が、マンション構内に空虚に響く。
「ふぅー・・・・・・」
影人は1度大きく息を吐き、自分の心を落ち着けた。正直、まだかなり緊張している。前に過去から戻って来た時も随分と緊張したが、今回はあの時以上だ。
「・・・・・・よし」
影人は再び覚悟を決めると、少し震える指でインターホンを押した。ピンポーンと音が鳴り響く。
「・・・・・・」
しばらく反応はなかった。もしかしたら、家には今誰もいないのかもしれない。まあ、当然といえば当然か。先ほど、喫茶店を出る際に喫茶店の時計をチラリと見た時、時刻はまだ午前11時過ぎだった。喫茶店からここまで歩いた時間もカウントとすれば、現在の時刻は午前11時半くらいだろう。今日が平日か休日かは影人は知らないが、前者なら日奈美は仕事で、穂乃影は学校である。家にいるはずがない。
「・・・・・・やっぱり、今はいないか」
影人がそう思い、さてならどうするかと考え始めた時だった。ドタドタと家の中から誰かが走って来るような音が響き、
「影人!」
「影兄!」
勢いよく玄関のドアが開かれた。そのドアの中からは、影人の母親である日奈美と、影人の妹である穂乃影が現れた。2人とも影人を見つめると、何かを噛み締めるような、そんな表情を浮かべた。
「あ・・・・・・た、ただいま。母さん、穂乃影」
2人の顔を見た影人は、誤魔化すような笑みを浮かべながらそう言った。




