第1341話 人間の底力(4)
「吾を封じる・・・・・・!? お前はただの人間のはずだ。吾を封じられる力など・・・・・・っ、まさか!?」
何かに気づいたような顔を浮かべる零無。そんな零無を見た影人は静かに頷いた。
「ああ、そうさ。この神社にある器の力を借りた。俺はてっきり、あの器自体に封じる力があると思ってたけど、それは違った。あの器は条件を満たした者に・・・・・・1つだけ封じる力を与える呪具だったんだよ」
そう。今の影人の右手から封じる力が放たれているように、あの器は力を与える呪具だった。だから影人に器の有無は関係なかった。影人は零無を任意で封じられる力を右手に与えられていたから。
ただし、いま影人が言ったように、この封じる力は何か1つを封じれば失われてしまう。あくまで限定的な力だった。
「ッ、バカな! ならばお前は条件を満たしたというのか!? 吾の気配に怯えていた、ただのか弱い人間の子供であるお前がッ!」
「そうだよ。俺みたいな奴だって、覚悟を決めれば戦える。零無お姉さん・・・・・・いや、零無。お前の敗因は俺を、人間を舐めすぎた事だ」
零無の呟きに影人は少年らしからぬ、戦う者の顔を浮かべながらそう宣言した。
「ふざけるな、ふざけるなよ! 貴様のような下等生物のガキが調子に乗るな! せっかく目を掛けてやったのに、この仕打ち! 許さん、許さんぞ影人!」
影人の勝利宣言を聞いた零無は、怒り狂ったようにそう叫ぶと自身の気配を全開にした。途端、零無の最上位存在としての圧が放たれる。生物ならば発狂してしまいそうなまでの恐怖が。
「っ・・・・・・」
3度目となる尋常ならざる恐怖が影人を襲う。だが、影人は歯を食いしばり震える体と、自身の奥底にある本能を無理やり意志の力で制御した。
「もう負けるかよ、怖いもんかよ・・・・・・! 本当に怖いのは家族と別れる事だ。あの人たちが永遠に悲しむ事だ! 俺はもう2度と恐怖には屈しない! お前なんか怖くもなんともねえよ!」
影人は毅然とした態度で強い意志迸る言葉を放った。そこにはもう、零無に恐怖し屈した少年はいなかった。
「っ、クソガキがぁ・・・・・・! ならば、この程度の封印破るだけだ! 『無』の力よ! この力を無くせ!」
零無は自身に残っている僅かな力を使い、封印の力を無効にしようとした。途端、零無の全身から無色透明の力が放たれる。それは全てを無へと還す力。どのようなモノもこの力の前では無力。
無の力は実際、零無を拘束している闇色の腕を消していった。その光景に零無はニヤリと笑みを浮かべる。そうだ。やはり、力をほとんど奪われたといっても、自分が人間などに封印されるはずがない。零無はそう高を括っていた。
だが、
「無駄だ。その腕を消しても、腕はお前を封じるまで無限に這い出てくる」
影人が冷たくそう言うと、先ほど零無の全身を拘束していた数よりも多い腕が虚空から現れ、零無の精神体を再び掴んだ。
「なっ!? くっ、ならば!」
一瞬驚いた零無だったが、零無は再び「無」の力を使用し、自身を拘束している腕を消した。しかし、腕を消した瞬間、また複数の腕が虚空から現れ零無の全身を拘束した。
「っ!?」
「だから言っただろ、無駄だって」
再三拘束された零無が信じられないといった顔になる。そんな零無に、影人は冷たく、ただ冷たくそう言った。
(くっ、本当に無限の物量だとでも言うのか!? マズイ、これは非常にマズイぞ! もうこれ以上の「無」の力は使えん! よしんば使ったとしても、逃げ切れる保証もない!)
内心、零無は非常に焦っていた。まさか、「無」の力が物量によって無効化されるとは。そして、零無はその焦りと理不尽を自身を掴んでいる闇色の腕に向ける。
(そもそもに何だこの強力な封印の力は! 精神体を拘束し、対象を封じるまで無限に出てくるだと!? ここまで強力な封印の力、いったい影人は・・・・・・)
零無は顔面を掴む腕の隙間から影人を見つめると、こう問いかけた。
「お前はいったい何を代償として支払った!? ここまで強力な力、相応の物を支払ったはずだ! 命と同等レベルの何かを! でなければ、説明がつかん!」
代償を力とするものは、その代償に見合った力となる。それが代償と力の基本的な関係性だ。そして、零無を封じようとするこの力は、封印として最上の力と言っていい。零無は影人が何を代償としたのか疑問に思った。
「俺が何を支払ったかだって? 別にお前に言う必要はないだろ。だけど・・・・・・いいぜ。最後に教えてやるよ。俺が代償として支払ったのは、人間なら誰もが大体持ってるもんだ。俺が代償として支払ったのは・・・・・・」
影人は特段何でもないように、自身が支払った代償を言葉にした。
「恋愛感情だよ。俺はそれを呪具に代償として支払った」




