第1338話 人間の底力(1)
「・・・・・・」
あと少しで日が昇るという、夜と朝の狭間。正確な時間は時計を見ていないので分からないが、影人は静けさに沈む外を歩いていた。周囲に人は影人以外には誰も見えなかった。
「・・・・・・着いた」
迷いなく歩いていた影人は、とある階段の前で立ち止まると、その上にいる朱色の鳥居を見上げた。そこはこの2日、いや今日を入れれば3日か。その間に何度も足を運んだ神社だった。そして、零無との約束の場所でもある所だ。
「すぅぅ・・・・・・はー・・・・・・」
影人は1度大きく深呼吸をした。既に精神は整っているが、改めて覚悟を全身に促すために。
「・・・・・・よし。大丈夫だ」
影人はそう呟くと神社の階段を登り始めた。零無との約束の時間は曖昧だが、まだ時間はあると信じたい。影人は零無がまだいない事を願った。
階段を登り終えた影人は朱色の鳥居を潜った。そして、辺りを見渡す。
「・・・・・・いないな」
いつもの大石の上にも、周囲にも零無の姿は見えない。もしかすれば、昨日のように気配を消しているだけかもしれないと影人は疑ったが、今回は脅かす必要もないはずだ。という事は、やはり零無はいないはず。そう考えた影人は、参道を歩き始めた。
(よかった。別にいても理由をつけてちょっとの時間は稼げただろうけど、やっぱり疑われる可能性があるから。最初の賭けには勝ったかな)
参道を歩きながら、影人は自分の幸運に感謝した。出来れば、この幸運がまだ続いてほしいものだ。
影人は拝殿を迂回するように通り過ぎ、その奥の本殿へと向かった。あの器が安置されている本殿へと。
「・・・・・・」
本殿の前に辿り着いた影人は、無言で本殿を見つめた。この中にあの器がある。零無曰く、強力な呪具が。
そう。影人のアテとはその呪具であった。零無の言葉で、あの呪具が本物であるという確証はある。そして、その呪具は条件こそあれど、何かを封じる呪具。ここまで言えば、もう分かるだろう。
影人は、その呪具を使って零無を封じようと考えていた。
「・・・・・・ごめんなさい神主さん。後でいっぱい謝ります。罪も償います。だから、だからどうか・・・・・・俺にあの器を・・・・力を貸してください」
影人は罪悪感に満ちた言葉でそう懺悔すると、本殿の扉を開けた。昨日友三郎にこの中を見せてもらった時に、扉に鍵がかかっていない事は確認済みだ。
「・・・・・・あった」
本殿の中はまだ薄暗かった。本殿の中に入った影人は、昨日も見た器を静かに見つめた。あの器が、今の影人の全ての希望だ。影人は器の前まで歩いた。
「女将さんが言ってた、この器の力を使うための条件は2つ。まず1つ目は・・・・・・使用者が何者にも負けず、動じない、鋼をも超えた覚悟を持つ事」
それがまず1つ目の条件。正直に言えば、まだ子供の影人からすれば、この条件は曖昧で正確には分かっていない。だがしかし、強い、強い覚悟が必要というのならば、
(俺はもう覚悟を決めた。家族といるために、零無と戦う覚悟を。この覚悟だけは誰にも、何にだって負けるとは思わない。絶対に揺るがない)
影人は既にそれを決めている。つい先ほどまでの弱い自分とはお別れをした。影人はどこか据わったような目で器を見つめながら、こう言葉を呟いた。
「・・・・・・生きて家族といられるなら、俺から何を持っていっても構わない。だから・・・・・・だから、応えろよ。俺に寄越せよ。お前の力を・・・・・・!」
鬼気迫る表情と声。それは、子供がする顔では、子供が出す声では決してなかった。
「・・・・・・!」
影人の言葉から、影人が本気であると理解したのだろうか。突然、器は1人でにカタカタと震え始めた。そして、器はその全身から闇色のオーラのようなものを発し始めた。




