第1336話 選択、少年は覚悟を決める(4)
(ああ・・・・・・やっぱり、母さんは俺の親だな。普通にしてるつもりでも、すぐに気づくんだ・・・・・・)
本当ならば気づかれてはいけないはずなのに。だが、影人は日奈美が自分の内に閉じ込めていた悩みの一端に気がついてくれた事が、ただただ、ただただ素直に嬉しかった。
「・・・・・・いや、別に何でもないよ? もしかしたら、外に居すぎてちょっと疲れたからそう見えたんじゃない? 本当、俺は別に何ともないよ」
しかし、零無の事を、自分が明日には家族と別れなければならないという事を、日奈美に言えるはずがない。影人は振り返り小さく笑みを浮かべた。その際、キュウと自身の胸が締め付けられた。
「そう? ならいいけど・・・・・・じゃ、お願いね」
「うん」
日奈美はまだ少しだけ疑問を抱いている様子だったが、それ以上は深く言及しなかった。影人は日奈美の言葉に頷くと、影仁を迎えに行った。
「・・・・・・・・・・・・」
そして、あっという間に時は過ぎ、時刻は午後11時を過ぎた。家族と過ごす最後の日。影人は家族と一緒に夕食を食べ風呂に入り、団欒の時を過ごし布団に入っていた。
(・・・・・・寝れないな。いや、寝れるわけないか・・・・)
既に布団に入って体感30分は過ぎている。日奈美、影仁、穂乃影は既に寝入っており、寝息を立てている。だが、影人だけは一向に眠れなかった。それも当然だろう。影人は早朝にはここを去らなければならない。そして、2度と家族と会う事は叶わないのだ。
(・・・・・・どうして、どうしてこんな事になったのかな。俺は普通に家族と旅行に来ただけなのに。ああ、本当何でだろう・・・・・・)
理由は分かっている。分かりきるほどに分かっている。あの時、影人が神社に行ったから。零無と出会ったから。零無と目を合わせてしまったから。それが全ての原因だ。
(何で俺だけに零無お姉さんは見えたんだろう。ああ、不思議だ。何で、何で俺なんだろう・・・・・・)
今になって溢れて来るのはそんな思いだった。最初は嬉しかった。零無が幽霊と分かっても、幽霊と友達になれた事が。零無と過ごしたこの2日間は、本当に楽しかった。
だが、今は真逆の思いだ。影人は零無と出会った事を、零無と友達になった事を激しく後悔していた。自分から友達になろうと言ったのに。不義理で独りよがりという見方もあるかもしれない。しかし、それが影人の偽らざる気持ちであった。
(・・・・・・嫌だ。嫌だな。母さんと父さん、穂乃影と永遠にお別れなんて。嫌だよ。もっと、もっともっと、みんなと一緒にいたいよ・・・・・・!)
遂には我慢が出来ずに、布団の中で影人はポロポロと涙を流した。もう我慢の限界だった。影人の塞き止められていた思いは決壊した。
「う、ううっ・・・・・・」
歯を食いしばり漏れる声を噛み殺す。だが、小さな呻き声が少し漏れた。それでも、影人は恐怖と悲しみに震える体を必死に制御しようとした。
本来ならば今すぐにでも泣き叫びたいだろう。影人はまだ10歳の子供なのだから。
普通ならば、とっくに泣き叫んでいてもおかしくはない。子供はもちろん、大人でさえも。だが、影人は必死に、必死にその自分の体には収めきれない思いを収めようとした。なぜならば、家族の命が懸かっているからだ。
その夜は間違いなく影人にとって1番長い夜であった。長い長い、恐怖と悲しみに震え、涙を流す夜。おかしくなってしまいそうな、発狂してしまいそうな長い夜。いっそ、おかしくなってしまえればどれだけよかったか。だが、影人は狂えなかった。狂えば、最終的には大切な家族が死んでしまうから。
「・・・・・・」
そうして、どれくらい時間が経ったのだろう。カーテン越しに、空が少しだけ明るくなり始めた時間。涙さえも枯れ果てた影人は、全てを諦め切ったような顔を浮かべていた。




