第1328話 魅入られた者(4)
「・・・・・・確かに、見たところはただの器っぽいですね」
「ははっ、そうだろう? 一応、由緒がある物らしくて、ずっとここに安置されているんだ。私が生まれる前からね。亡くなった親父にいつ頃からあるのか聞いた事があるんだが、親父も分からないと言っていたよ。とにかく、とても古くからあるんだ」
友三郎は影人にそう説明した。一方の影人は、器から不思議な力を感じ取れないかどうか、一生懸命に見つめていた。
(・・・・・・ダメだ。何にも分からない)
だが、影人には何も感じる事は出来なかった。影人がそう思った瞬間、
「――へえ、あれが件の器か。なるほど、確かにそれなりの力は秘めている感じだな」
突如として、影人の耳元でそんな声がした。
「え!?」
驚いた影人が自分の横に振り返ると、そこには零無がいた。全く気が付かなかった。一体いつからいたのか。影人が呆然としていると、友三郎が不思議そうな顔を浮かべこう言ってきた。
「? どうしたんだい、急に。何かあったかい?」
「あ、い、いや別に! ちょっと虫が止まっちゃって。でも、もう大丈夫です。どっか行ったみたいなんで。あの、見せていただいてありがとうございました。じゃあ、すいません。俺はこれで!」
友三郎にそう誤魔化した影人は、逃げるように友三郎の元から去った。
「あ、ああ・・・・・・気をつけてね」
急に走り去って行った影人に、未だに不思議そうな顔になりながらも、友三郎はそう言って影人を見送った。
「しかし、気のせいか? さっき、一瞬何か・・・・・・何かとても・・・・・・」
1人になった友三郎は本殿の扉を閉じると、その顔を少し険しいものにさせ、
「嫌な気配がしたのだが・・・・・・」
そう呟いた。
「零無お姉さん! 急に現れないでよ! ビックリしたじゃないか!」
神社を出た影人は、周囲に人の姿がない事を確認すると、自分に着いてきていた零無に向かってそう言葉を放った。
「ははっ、悪い悪い。ついね。最初は少し驚かそうと思って気配を絶っていたんだが、お前があの男とどこかに向かう様子だったんで、こっそり後を着けてたんだ。許しておくれよ」
影人にそう言われた零無は、言葉とは裏腹にあっけらかんとした様子だった。そんな零無に対し、影人は軽くため息を吐く。
「はあー、全く・・・・・・お姉さん、本当に幽霊なんだから・・・・」
先ほど零無が現れたタイミングを、幽霊らしいという意味でそう言って、続けてこう言った。
「それで、さっきお姉さんが言ってたみたいに、あの器はやっぱり本物だったの?」
「ああ、間違いはないよ。あれは相当に強力な呪具だ。ただ、普段はその力を露わにしてはいないようだがね。恐らく、昨日お前から聞いたように条件発動型で、その条件を満たせば力が解放されるのだろう」
「条件・・・・・・女将さんが言ってた、何者にも負けず、動じない、鋼をも超えた覚悟を持つ事ってやつかな」
「ああ。その心持ちで、あの器の前に行けばあの器は力を発揮し、2つ目の条件、代償を1つ支払うというプロセスに進むって感じかな」
零無は影人の言葉に頷くと、続けて少し不満げな顔を浮かべた。
「影人、お前があの神社に来たのは器を見るためかい? だとしたら、少し心外だな。お前はてっきり吾に会いに来てくれたと思っていたのに」
「い、いや俺は零無お姉さんに会いに行ったんだよ? これは嘘じゃない。でも、たまたま神主さんと会ってああいう流れになっただけで・・・・・・」
「・・・・・・本当に?」
「うん、本当だよ!」
口を尖らせそう確認してきた零無。そんな零無に、影人は力強くそう言った。
「ふふふ・・・・・・そうか、そうか。いやなに、初めから分かっていたとも。ちょっと言ってみただけさ。やはり、吾に会いにきたか。ふふふ」
「っ?」
影人の言葉を聞いた零無は途端に、にへらぁとした顔になり嬉しそうに笑った。急に機嫌が良くなった零無に対し、影人は不思議そうな顔を浮かべた。
「ああ、影人。お前はいい子だな。可愛いな。それでこそ、吾の友だ」
「れ、零無お姉さん? 本当、いきなりどうしちゃったのさ・・・・・・?」
影人の周囲を嬉しそうにクルクルと回る零無。その様子に影人は戸惑った。
「別に何も。何もないさ。ただ、存外にこの世界が美しいという事に気がついただけだよ。ふふっ、ふふふ!」
「・・・・・・ははっ。そうだね、きっとそうだね」
零無はとびきりの笑顔を浮かべた。そして、零無に釣られるように、影人も笑みを浮かべた。
それから、影人が宿に戻るまで、2人はまた他愛のない話をした。零無は終始機嫌が良く、影人も零無と話す時間がとても楽しかった。
――出会ってまだ1日ばかりだが、2人は確かな絆を育んでいた。それは、友との関係に時間などは必要はない、という一種の素晴らしい事実を示していた。影人と零無は確かに、確かに友であった。
――そう。この時までは。




