第1325話 魅入られた者(1)
「おーい、影人。早く起きろよ。もう少しで朝飯だぞ」
旅行2日目、朝7時過ぎ。歯磨きを終えた影仁は、隣の部屋の襖を開け、未だに眠っている影人にそう声を掛けた。
「・・・・・・ん? うん・・・・・・」
「あー、ダメだ。こりゃ言うだけじゃ起きないな」
寝ぼけた声を漏らした影人を見た影仁は、軽くため息を吐くと影人の側まで行った。そして、隣に座ると両手で影人の体を揺すった。
「ほら起きろよ寝坊助さん。起きないとヒドイぜ。こちょこちょするぞー?」
「ん、んん・・・・・・」
だが、影人はなおも目を覚さなかった。こうなれば仕方がない。影仁は両手を軽く動かすと、影人が寝ている布団の中に両手を入れ、影人の脇腹や脇を掻いた。
「っ・・・・・・!? あは、ははははッ! くすぐったい! な、何だいきなり!?」
その効果は覿面で、影人はすぐに目を覚まし笑い声を上げた。
「ほれほれ〜」
「くっ、はははは! お、おい父さん! やめろよ!」
「中々起きなかったお前が悪いんだ。もうしばらく笑えよ。これは罰だからな〜」
影仁は笑い転げる影人をニヤニヤとした顔で見つめる。影人と影仁のやり取りを隣の部屋から見ていた日奈美と穂乃影は、「朝から何やってんだか」「楽しそう」とそれぞれ感想を漏らした。
「はぁはぁはぁ・・・・・・こ、この、朝一からよくも、こんなに笑わせやがったな・・・・・・」
数分後。ようやく影仁の手から解放された影人は、疲れたような顔を浮かべ、影仁にそう言った。
「言っただろ。中々起きなかったお前が悪いって。それに朝から笑うって事はいい事だぜ。朝は1日の始まり。始まりが明るいなら、その後もきっと明るいさ」
「な、何だよそれ・・・・・・」
笑いながらそんな事を言う影仁に、影人は意味が分からないといった顔を浮かべた。よく分からない理屈だ。
「人間はイメージの生き物だからな。そう思えばそうなのさ。ほれ、早く顔洗って歯磨いてこい」
「はあー・・・・・・分かったよ」
影仁の言葉に頷いた影人は、立ち上がると部屋を出て共用の洗面所へと向かった。
「しかし・・・・・・何であいつあんなに眠たがってたんだ? 一応、睡眠時間は足りてるはずだが・・・・・・まるで、夜更かしでもしたみたいだったな」
影人は朝が決して強いタイプではないが、それほど弱くもない。普通に声を掛ければ起きて来る。だが、今日は中々起きなかった。影仁には、それが少しだけ不思議だった。
「・・・・ま、気にするほどの事でもないか。さーて、朝飯は何かな。楽しみだ」
影仁はそう呟くと、日奈美や穂乃影がいる部屋に戻った。




