第1323話 零無(4)
「名前・・・・・・か。ふむ、お前は夕方に吾が言った事を覚えていてなお、そう言っているのだね」
影人からそう提案された女は、影人の態度からその事が分かった。一瞬、女は怒ったかのようにスゥと目を細めた。やはりダメだったか、影人がそう思い始めていると、
「・・・・・・だが、いいだろう。影人、お前になら縛られるのも悪くはない。許そう。お前が吾に名前を与える事を」
意外な事に女は影人の提案を受け入れた。ふっと笑みを浮かべながら。
「え、い、いいの・・・・・・? 本当の、本当に?」
「ああ。そもそも、普通なら吾は人間と友になどなっていない。天地がひっくり返るような前例は既にある。なら、名づけもそこに加わるだけだ。だが、吾に名前を与えるからには、ちゃんとした、吾に相応しいような名前を与えてくれよ。ダサい名前なんか、死んでもごめんだぜ?」
どこか唖然としたように、影人が再度女にそう確認した。女はコクリと頷きそう言った。
「う、うん。それは分かってるよ。でも、自分から言ったけど、責任重大だな・・・・・・よし、ならさっそくお姉さんの名前を考えなくちゃ!」
影人は少し緊張しながらも、嬉しさが込み上げて来たのを感じた。絶対に女に相応しい名前を考えてみせる。影人はそう意気込むと、女の名前を考え始めた。
「女の人だから、女性らしい名前の方がいいよね。女性らしいって名前って言うと、〜子とか、そんなのかな? 後はうーん・・・・・・」
いざ女に相応しい名前を考えてみるとなると、中々それらしい名前が出てこない。悩んだ影人はある事を思いついた。
「あ、そうだ。父さんのスマホで女性の名前を調べてみよっと。お姉さん、ちょっと待っててね」
影人はそう言って立ち上がると、静かに襖を引いて家族が寝ている部屋に戻り、充電されている影仁のスマホを手に取った。そして、家族を起こさないように音を立てないように動き、再び襖を閉める。
「お待たせ。これで参考になりそうな名前を調べてみるね」
広縁に戻り椅子に座り直した影人は、影仁のスマホのロックを解除して、インターネットを起動させた。影人は普段から影仁のスマホでゲームをしているので、スマホのロックを解除するパスワードは知っていた。
「へえ、やっぱり色々あるな。でも、うーん。お姉さんは可愛い系って言うよりは、格好いいとか、綺麗な感じだからな。それに似合う名前は・・・・・・」
インターネットで女性の名前の例を検索した影人は、しかしまだ悩んでいた。どうにも、ここに出ているような名前が女に合うとは思えない。
「あ、ねえお姉さん。さっきの『零なる始原にして、無たる終わりの』ってやつ、もう1回だけ言ってもらってもいいかな? 今度はメモ取ってみるから」
「ん、いいよ。『零なる始原にして、無たる終わりの権化。唯一絶対なる空の存在』。それが吾だよ」
「ええと、『零なる始原にして、無たる終わりの権現。唯一絶対なる空の存在』っと・・・・・・」
スマホのメモを起動して女の言葉を影人はメモした。出来るだけ漢字変換をしながら。だが、小学5年生の影人にはまだ習っていない漢字もあったので、分からない漢字はコピーアンドペーストして、インターネットで調べた。
「へえ、零って漢字にするとこうなんだ。よし、この文字の中から、お姉さんの名前になる言葉がないか探してみよう」
この文字たちが女を現しているのならば、この文字の中から名前を取れば、それは違和感なく、女に相応しい名前になるはず。影人はそう考えた。
「零って名前は格好いいけど、男っぽいし、空って名前は何だか違うような気がするし・・・・・・あ」
その時、影人はビビッと思い付いた。女に相応しい名前を。影人はスマホのメモに零という漢字と、無という漢字をひっつけた。
「零はさっき調べてみたら、零って言い方も出来るって書いてあったんだ。無は無しとも読めるから。この2つの漢字を繋げて・・・・・・零無。お姉さんの名前は、零無。この名前どうかな?」
ようやくそれらしい名前を思いついた影人は、女にそう聞いた。




