第1320話 零無(1)
「夜分遅くに申し訳ないね。なにぶん、初めて友人が出来たものだから。柄にもなくソワソワとしてさ。だから、君の気配を追ってここまで来てしまったよ」
寝巻き姿の影人を見た女は、その透明の長髪を揺らし影人にそう言ってきた。女は窓の外から差す美しい月光を浴びながら、広縁のイスに座っていた。
「そうなの・・・・・・? お姉さん、幽霊だからどこでも入れたり移動出来るのは分かるけど・・・・そんな力まであるんだね」
襖をゆっくりと音を立てないように閉めた影人は、小さな声で女にそう言った。最初こそ驚いたが、今はもう影人の中に驚きはない。女は幽霊だからだ。
「ははっ、まあ吾は普通の幽霊とは違うからね。それくらいは訳ないよ。なあ、影人。よければこっちに来てくれないか? また少し話そうじゃないか」
「うん、いいよ。ちょうど寝付けなかったから」
女は軽く笑うと、対面の空のイスを指差した。女の申し出に影人は頷くと、女の対面のイスの方へと歩きそこに腰掛けた。
「それで、何をお話する?」
「何にしようか。吾もこうして人間と対面してしっかりと話すというのは初めてだからな。ははっ、吾から話そうといったのに、中々話題が思い付かないな。すまないね」
女はそう言ってどこか楽しげに笑った。まるで、こういうやり取りだけでも楽しいといった感じに。
「へえ、幽霊のお姉さんにも初めての事があるんだ」
「ああ、自分でも意外な事にね。いい事だね、初めてがあるという事は」
「何だか、女将さんも似たような事言ってたな。ねえ、お姉さん。話題が思い付かないなら、俺からいくつかまた質問してもいい? もっと知りたいんだ、お姉さんの事」
「ああ、いいとも。答えられる範囲でならね」
影人のその言葉に女は機嫌が良さそうに頷く。女から許可をもらった影人は、早速女にこう言葉を投げかけた。
「じゃあ1つ目の質問。お姉さんはどうして幽霊になったの?」
「これはさっきも言ったが、一言で言うと追放されたからだよ。吾が元いた場所からね。その際に、吾は力を奪われたんだ。そして、この世界に出来るだけ干渉出来ないように肉体も奪われた。ゆえに、吾は精神体となってこの世界を彷徨い続けているのさ」
その質問に、女は軽く肩をすくめてそう答えた。
「へえ、そうだったんだ・・・・・・なら次は2つ目。お姉さんは何で追放されちゃったの?」
「うーん、そうさな・・・・・・まあ、吾が好き放題にしていたからかな。ずっと退屈だった毎日に、急に飽き飽きとしてしまってね。それから、暇潰しに色々やってみたんだ。秩序を軽く乱してみたり、世界の1つを気まぐれに壊したり、特殊な力を持った生命を計画して生まれるようにしたりね。で、吾の周囲にいた者たちは、それを危険と判断した。そして、反旗を翻され、吾は追放されたという感じかな」
「え、そうなの・・・・・・? つまり、お姉さんは・・・・・・グレちゃって、それに怒った人たちがお姉さんを追い出したって事?」
女の話を自分なりに要約した影人がそう言うと、女は途端に笑い始めた。




