第1318話 人間の最も強い力(3)
「わあー、本がいっぱい。素敵だね、影兄」
「そうだな。何か秘密基地っぽくていい場所だ。穂乃影、何か本でも読んだらどうだ? 色々あるから、きっと楽しいぞ」
「うん」
穂乃影は小さな笑みを浮かべ頷くと、本棚の方に小走りで向かった。
「さて、じゃあ俺は・・・・・・」
一方の影人は、この休憩部屋の先にある廊下を歩き曲がった。休憩部屋は廊下と廊下の間にある部屋で、まだ先に進む事が出来たのだ。影人はその廊下の先がどこに繋がっているのか気になった。
「あ、なるほどな。こっちに繋がるのか・・・・・・」
廊下を曲がった影人は納得したようにそう呟いた。曲がった先はこの旅館の入り口、フロント部分に繋がっていた。つまり、影人はぐるりと1周してきた形だ。
「あら、帰城様。どうかなさいましたか?」
影人がフロントに出ると、カウンター内にいたこの旅館の女将、紀子が柔和な笑顔を浮かべながらそう言葉をかけてきた。
「あ、いや・・・・・・実は、ちょっとこの旅館内を探検してたんです。父さんと母さんは、今ちょっとお酒呑んでるから。それで、階段の横の廊下から1階を探検してたら、ここに戻って来ちゃって・・・・・・」
紀子に言葉をかけられた影人は、素直にそう答えた。影人の言葉を聞いた紀子は、「あらあら、そうでございますか」と言って微笑んだ。
「あまり広い旅館ではありませんが、ご存分にお楽しみください。1周回られたのなら既にお分かりと思いますが、そちらの奥には休憩・娯楽スペースもありますので」
「うん、いま穂乃影・・・・妹が本読んでるところ。女将さん、ここいい旅館だね。なんか、落ち着くって感じがする」
「そうでございますか。ありがとうございます。そう言っていただけて、とても嬉しく思います」
影人の旅館に対する感想を聞いた紀子は、言葉通り嬉しそうに笑った。
「・・・・・・ねえ、女将さん。女将さんって、ずっとこの辺りにいるの?」
少しの退屈と少しの興味。それを起因として、影人は紀子にそう聞いた。
「私ですか? そうですねぇ、生まれは隣の滋賀県ですが、もう50年はこの辺りに居ります」
「50年・・・・・・凄いね。俺はまだ10歳だから、その5倍ここにいるんだ。じゃあさ、この旅館の近くに神社があるでしょ。あそこの何か変わった話とか聞いた事ない? 例えば、幽霊が出るとか」
この辺りに紀子が長くいる事が分かった影人は、続けて紀子にそう聞いてみた。神社の幽霊。今日友達になったあの女性が、噂になっていないかを知りたかったからだ。
「神社と言いますと、◯◯神社ですか? いえ、私はあの神社で幽霊が出るなどといった話は聞いた事がございませんね」
「そっか・・・・・・」
紀子の答えを聞いた影人はポツリとそう言葉を漏らした。50年もここにいる紀子があの女性についての噂を聞いた事がないという事は、影人以外にあの女性の姿が見えなかったという事か、もしくはたまたまあの女性があそこにいたという事だろう。
「ああ、でも幽霊ではありませんが、あの神社には1つだけ言い伝えというか、伝説がございます。それこそ昔からある」
「伝説・・・・・・? それって、どんな伝説?」
紀子の漏らした言葉に影人が反応する。純粋に興味を引かれた影人は、その目を無意識に輝かせた。影人は既に厨二病を発症しているため、そう言った話には目がなかった。




