第1306話 昔日の帰城家(3)
「ちょ日奈美さん!? 俺だって旅行代金の何割かくらいは出せるよ!?」
「何割かなんて逆にいらないわよ。私が全額出してあげるから、影仁はいま私が言ったみたいに2人にお土産とかを買ってあげなさい」
「いや、それはもちろん買うけど、その父親としてのカケラばかりの威厳が・・・・・・」
「あんたにはカケラばかりの威厳もないでしょ。影人も穂乃影もその事はとっくに分かってるんだから、見苦しいわよ」
「え!?」
日奈美の言葉に驚きとショックを受ける影仁。そんな影仁に、影人と穂乃影はこう言った。
「何を今更」
「お父さんが甲斐性なし? って事なのは知ってる」
「この歳の子供たちにそう思われてるのかよ俺・・・・・・ダメだ。今日は泣いて寝るしかねえ・・・・」
その言葉を聞いた影仁は、今日1番のショックを受けた。ガクリと肩を落とす影仁を見ながら、影人はこう言葉を放った。
「別に父さんの甲斐性について、これ以上とやかくは言わないけど・・・・・・母さんはよく父さんと結婚したね。母さんなら、もっといい人と結婚も出来ただろうに」
影人は最近になって抱いた疑問を口にした。正直、日奈美と影仁はあまり釣り合ってはいない気がする。日奈美は美人で仕事も出来て頼り甲斐もあったりと、息子の影人から見ても素晴らしい女性だと思う。
対して、影仁はごく普通の容姿に、仕事もいつも締め切りに追われている。性格も優しいが、頼り甲斐はあまりない。なのに、なぜ日奈美は影仁と結婚したのか。影人にはその辺りがよく分からなかった。
「まあ、一言で言えば惚れた弱みってやつよ。私が影仁を好きになっちゃったから。確かに、影仁はしっかりしてないし経済力もないわ。性格も子供っぽいし、すぐにベタベタしてこようとするし。正直、ちょっとウザい」
「うっ・・・・・・」
日奈美の容赦のない言葉に、影仁は更に落ち込んだように肩身を狭くした。
「でも、こう見えていざって時は格好いいのよ。それに凄く優しい。だから、影仁と結婚した事、全く後悔してないわ。金なんて、私が稼げばいいだけよ。それに、影仁と結婚してなかったら、あなた達とも出会えなかったしね」
「へえ、そうなんだ・・・・・・母さん、やっぱり漢気あるな」
「お母さん、格好いい」
軽く笑いながらそう言った日奈美。日奈美の言葉を聞いた影人と穂乃影はそんな言葉を漏らした。
「ふふん、そうでしょ? 見てなさい。いつか編集長になって、今にもっと稼いで――」
日奈美が言葉を紡ごうとすると、突然隣で落ち込んでいたはずの影仁が日奈美に抱き着いた。
「あー! さすが日奈美さん! もう大好き! 普通に惚れ直した! うへへ、俺やっぱり幸せ者だぜ!」
先ほどまでの落ち込み具合はどこへやら。影仁は満面の笑みを浮かべていた。
「きゃっ! ちょっと影仁! あんた、次やったら蹴るって言ったわよね!? このッ!」
急に影仁に抱きつかれた日奈美は驚いたような顔を浮かべた。そして次の瞬間には怒った顔になり、右足で再び影仁の脛を蹴った。
「痛っ!? ひ、ひでえよ日奈美さん! 俺はただ感情が爆発しただけなのに!」
蹴られた影仁は日奈美から飛び退くと、情けない顔でそんな言葉を述べた。
「いい大人がそんなにすぐ感情爆発させるんじゃないわよ! 本当、バカでアホなんだから!」
日奈美は怒った顔でそう言うと、両手を合わせ「ごちそうさまでした!」と言って立ち上がると、食器を台所の流しに持って行った。
「じゃあ、みんな賛成って事で金曜日から京都に旅行に行くわよ! 私は残ってる仕事あるから部屋に戻るから!」
日奈美は3人にそう言うと、書斎のドアを開けてリビングから姿を消した。
「・・・・・・はあー、父さん、後で母さんにちゃんと謝っとけよ。母さん、けっこうマジで怒ってたぜ」
「あ、うん・・・・・・」
ため息を吐きながらそう言った影人の言葉に、影仁はしょんぼりとした顔を浮かべ頷いた。
こうして、帰城家は週末に京都に旅行に行く事が決まったのだった。




