第1302話 封じていた過去(4)
「へえ、ここには何回か来た事はあったが・・・・・・まさか、こんな場所があったなんてな」
午前7時過ぎ。喫茶店「しえら」。その裏庭にある美しい庭園。その中に初めて足を踏み入れた影人は、そんな言葉を漏らした。
「まあ、ここは普通の人は入れないからね。ここに入れるのは、常連中の常連だけだよ」
影人の言葉に答えたのはラルバだった。ソレイユと出会った後、色々とこれからの事について話し合いをしようという事になり、ならば一応ラルバも呼んだ方がいいとソレイユが言ったのだ。
既に、ソレイユやレイゼロール、シェルディア同様に影人の事を思い出していたラルバは、初め影人の事を見た時驚いたような顔を浮かべていた。影人もこの喫茶店で会った青年が、まさか成長したラルバだとは思っていなかったので驚いた。
だが、驚きから立ち直ったラルバはまず最初に、「・・・・・・ありがとう。そして・・・・・・ごめん」と影人にそう言って来た。それは、レイゼロールを影人が救った事に対する感謝と、スプリガンであった影人をずっと陰から殺そうとしていた事に対する謝罪だった。消える前に、ソレイユからずっとレイゼロールと影人を殺そうとしていた黒幕はラルバだという事を聞かされていた影人は、「・・・・・・ああ」とだけ言葉を返した。
ラルバが合流した事によって、次に起きた問題は話し合いをする場所だった。1番手っ取り早いのは、ソレイユかラルバの神界のプライベートスペースだが、先の戦いがあるため、レイゼロールはまだ神界に足を踏み入れられなかった。そこで、ラルバがこの喫茶店の裏庭を提案したのだ。そう言った理由で、影人、シトュウ、レイゼロール、シェルディア、ソレイユ、ラルバの6人はこの場所へとやって来ていた。
ちなみに、なぜソレイユやレイゼロールたちが影人の事を思い出したのかというと、それは当然ながら、消されたはずの影人が蘇ったからだった。その瞬間に、影人が最初からこの世界に存在していなかったという世界改変の力が解除されたから。影人の抱いていたこの疑問に、シトュウはそう答えた。
「・・・・・・別に、常連だからって入れているわけじゃない。これからは、普通の人にも解放するつもりだし。後、あなたは常連じゃないから。ずっとツケにする人は客じゃない」
「え、ええ・・・・・・わ、分かったよ。今度今までのツケは払うからさ」
ラルバの言葉に、この裏庭を貸してくれたこの店の店主であるシエラは、ジトっとした目でラルバにそう言った。シエラにそう言われてしまったラルバは、少し恥ずかしくなったような様子で、そう言葉を返した。ラルバのその様子を見ていた、ソレイユとシェルディアはくすりと笑い、レイゼロールは「相変わらず格好のつかん奴だ・・・・・・」と少し呆れたような言葉を漏らした。
「それにしても、本当に素敵な場所ですねここは・・・・・・シエラさん、これからは私も時々このお店に通わせてもらいますね」
「ん、新しいお客様は大歓迎。それじゃあ、もし注文があったら呼んで」
ソレイユの言葉に小さく笑みを浮かべたシエラは、そう言うと店内へと戻っていった。
「さて・・・・・・では始めましょうか、話し合いを」
シエラが戻ったタイミングで、シトュウがそう宣言する。シトュウは木の下にテーブルを囲むように置かれているイスの1つに腰を下ろした。影人たちも、それぞれのイスに座る。シトュウの右横にはソレイユが、ソレイユの右横にはレイゼロールが、レイゼロールの右横には影人が、影人の右横にはシェルディアが、シェルディアの右横にはラルバが、といった形で。
「まずは、自己紹介をしましょう。この場にいる者で、私の事を知っているのは帰城影人しかいないでしょうから。私は真界の最上位の神『空』です。ですが、現在はシトュウと呼んでください。私が『空』になる前の名前です。よしなに」
「え・・・・・・!?」
「っ・・・・・・!?」
シトュウの自己紹介を聞いたソレイユとラルバは驚愕した。神界の神であるソレイユとラルバは、一応『空』という存在の事を知ってはいたので、目の前に最上位の神がいるという事実に震え上がった。
「か、『空』様だとは露知らず、申し訳ありませんでした! 私は神界の神、ソレイユと申します! 何かご無礼があったならば、心より謝罪いたします!」
「お、同じくラルバです! 低級の神の私が『空』様の姿を拝見できた事は身に余る光栄です!」
イスから立ち上がったソレイユとラルバは、シトュウに頭を下げた。真界の神の事を知らなかったレイゼロールとシェルディアは不思議そうな顔を浮かべていた。ただ1人、シトュウの正体を知っていた影人は、「へえ、やっぱり『空』ってすごい偉いんだなー」的な事を思っていた。
「気にしないでください。あなた達の緊張は分かりますが、そう畏まられてはこれからの話し合いに支障をきたす恐れがあります。なので、基本的には普通の態度でいてください。一応、命令という事にしておきます」
シトュウはソレイユとラルバにそう言った。シトュウにそう言われた2人は「「は、はい!」」と頷いて、再び着席した。
「・・・・・・どうやら、相当に上位の神らしいな」
「そうね」
レイゼロールとシェルディアは、シトュウの正体を完全には理解していなかったが、ソレイユとラルバの様子からそう結論づけた。




