第1294話 蘇る影なる少年(4)
「簡単な事だ。それは、吾がお前を蘇らせたからだよ」
影人の呟きに、零無がそう答えた。
「は・・・・・・? お前が俺を・・・・・・? 何でだよ、意味が分からねえ・・・・・・お前は俺を恨んでるはずだろ。お前を封じた俺を・・・・・・」
零無のその答えは影人には理解出来ないものだった。影人は、零無が自分に固執していた事は知っていたが、その固執は封印の時に恨みに変わったものだとばかり考えていた。
「おいおい、まさか! 吾がお前を恨む? そんな事はないな。天地がひっくり返っても有り得ん。確かに、封じられる瞬間は苛立ったが、あれはあの時だけだよ」
影人の指摘に零無は首を横に振る。そして、零無は微笑みながら、続けて影人にこう言った。
「さて、では今度こそ、今後こそ吾と共に行こう。吾と共に暮らそう。大丈夫、不安は何もないよ。お前の面倒は全て吾が見るし、お前を害する存在があれば、全て吾が滅ぼそう。さあ、吾と愛を語らおうぜ影人!」
それは零無の愛の告白だった。女神としての、尋常ならざる美。文字通り、神々しさを体現する女性。魔性の女。傾国の美女。そんな言葉ですら生温い女神が、ただの人間に愛を捧ぐ。普通の人間ならば、自分の幸運さに感激し、泣いて喜ぶだろう。
「ふざけろよ。気色の悪い奴が・・・・・・! 誰がてめえみたいな奴を愛するか・・・・・・! 俺に一方的にてめえの欲望を押し付けるな!」
だが、影人は既に零無の邪悪さを知っているし、零無に大切な者を奪われた人間だ。どうして、零無を愛する事など出来ようか。蛇蝎の如く、影人は零無の事を嫌っていた。
「ふーむ。どうやら、お前は蘇ったばかりでまだ興奮しているらしい。仕方ない、じゃあ取り敢えず、落ち着く意味も兼ねてデートしよう影人」
「誰がするか。死ね」
影人はそう言葉を返すと、零無から1歩後ずさった。その動作を、逃げるための動作と見たのか、
「ダメだ。逃がさないぜ影人」
零無は万物を創造する力を使い、透明の鎖を創造すると、その鎖を以て影人を縛った。
「っ!? ちくしょう・・・・・・!」
鎖に全身を縛られ拘束された影人が悪態をつく。スプリガンの力は、影人が消える前にソレイユに返還している。つまり、今の影人はただの一般人だ。このような力を持つ相手に抵抗する事が、出来るはずがなかった。
「お前も消える前までは色々力を有していたようだが、かつての半分とはいえ、力を取り戻した吾にお前がどうこうする事は出来ないよ。ふふっ、では共に行こうか」
影人を縛った零無はにこやかに笑うと、影人の方へと近づいて来た。
「クソッ、クソッ!」
影人は無駄だとは分かりつつも、鎖を解こうと体を動かそうとした。だが、当然の事ながら、鎖はびくともしなかった。
「ああ、遂にこの時が・・・・・・」
零無が影人に接近し、影人の頬に触れんとその右手を伸ばす。零無の手が影人の頬に触れようしたその時だった。
「――貴様のような怪しい輩が影人に触れるな」
「――その子をどうこうなんてさせないわ」
突如として、どこからかそんな声が聞こえてきた。
「っ!?」
「ん?」
その声に影人と零無がそれぞれ反応する。すると、目にも止まらぬ速さで2つの影が動いた。1つの影は影人を拘束している鎖を引き裂き、もう1つの影は拘束が解けた影人を抱き、攫った。2つの影は零無の後ろへと移動した。その際、影人を攫った人物は影人を地面へと下ろした。
「っ・・・・・・・・・・!? 何で、ここに・・・・・・」
自分を助けてくれた2つの影。その姿を見た影人が驚愕し、そう言葉を漏らす。
1人は、ブロンドの髪を緩いツインテールにした豪奢なゴシック服を纏った人形のように美しい少女。いや、正確には少女ではなく吸血鬼だ。影人はその事をよく知っている。
もう1人は、長い白髪に西洋風の黒の喪服を纏った女だ。その女は20代半ばほどの外見だった。その瞳の色は美しいアイスブルー。女も普通の人間ではない。神と呼ばれる存在だ。影人はその事をよく知っている。
「嬢ちゃん、レイゼロール・・・・・・」
影人はその2人――シェルディアとレイゼロールを見てそう言葉を漏らした。
影人を助けたのは、かつて本気で影人と戦い、そして分かり合った者たちだった。




