第1288話 ただ1つの願い(3)
「え・・・・・・? あ、あなたはいったい・・・・・・」
急に自分の前に現れた女に、レゼルニウスは呆気に取られ、戸惑ったような顔を浮かべた。当然だ。誰だって、急に誰かが虚空から現れれば驚く。
「吾の事はまあ気にするなよ。お前には、多少思うところはあるが、今はどうでもいい。それよりもだ」
女は未だに呆然としているレゼルニウスに一方的にそう言うと、その右の人差し指をレゼルニウスに向けた。
「世界改変の力を無くせ」
女がそう呟くと、女の人差し指の先に透明の光が宿った。光は急にレゼルニウスにも認知できないような速度で瞬くと、レゼルニウスの頭を撃った。
「あ・・・・・・・・・・・・」
その瞬間、レゼルニウスの中にある少年の記憶が蘇る。前髪が長く顔の上半分が見えない、見た目は少し暗めの少年。その少年の名前は帰城影人。かつてはスプリガンとも呼ばれていた、真にレゼルニウスの妹であるレイゼロールを救った者。自分が『終焉』の力を与え、過酷な道を進ませた少年だ。
「っ、そうか・・・・・・僕は世界改変の力で彼の事を・・・・・・」
影人の事を思い出したレゼルニウスは、右手でその頭を押さえた。そうだ。影人は『空』の力によって、自身の存在を消したのだ。それが影人の願いだった。生と死の世界の狭間での影人との会話を思い出したレゼルニウスは、仕方がないとはいえ、自分を激しく責めた。絶対に忘れないと言ったのに。自分にとっては誰よりも恩人であるはずなのに。
「そういう事だ。ちゃんと影人の事は思い出したみたいだな」
レゼルニウスの様子を見た女は満足げに頷いた。そして、女はレゼルニウスにこう質問をした。
「じゃあ聞かせてもらおうか。なぜ、影人は自身の存在を消したがっていた? お前なら、その理由を知っているはずだ」
「っ、彼の事を・・・・・・? 確かに、僕は彼の最後の事情をある程度は知っている。だけど・・・・・・そもそも、あなたはいったい何者なんだ? なぜ、彼の事を覚えていて、世界改変の力を――」
レゼルニウスが訝しげな顔でそう言おうとすると、女は苛立ったような顔を浮かべ、
「だから吾の事はどうでもいいんだよ。しゃらくさい、ちょっとお前の記憶を覗かせてもらうぜ」
「なっ・・・・・・」
瞬間移動をしてレゼルニウスとの距離を詰めた。レゼルニウスは再び驚いたような顔になる。そして、女はレゼルニウスが驚いている間に、右手でレゼルニウスの頭を掴んだ。
「見せろ、影人に関するお前の記憶を」
「っ!?」
女がそう唱えると、女の中にレゼルニウスの影人に関する全ての記憶が流れ込んで来た。レゼルニウスと影人の生と死の狭間での語らいの事。影人がスプリガンなる者として戦っていた事。レゼルニウスが見聞きした影人に関する全ての記憶が。
「・・・・・・は、ははっ。そうか、そうか影人。お前は吾が知らない間にそんな事に巻き込まれていたのか。ああ、お前が自身を消したいと思っていた理由も、分かった気がするよ。お前は優しいからな。本当に、誰よりも」
レゼルニウスの頭部から右手を離しながら、女は噛み締めるようにそう言葉を漏らした。
「だが、ああ妬ける。妬けるなぁ・・・・・・吾以外の者に、お前が命を懸けるほどに思いを抱くとは。ふふっ、嫉妬だな。嫉妬するぜ、レイゼロール」
「何なんだ・・・・・・お前は、本当にいったい・・・・・・」
どこか狂ったような笑顔で、自分の妹の名前を述べる女に、レゼルニウスは本当に久しく恐怖を覚えた。
そして、レゼルニウスは無意識に感じ取っていた。この透明の瞳の女が異質な何かであり、自分よりも高位の存在であるという事を。レゼルニウスの女に対する恐怖はそこから来ていた。




