第1281話 謎の女の暗躍(4)
「・・・・・・・・・・」
真界。その最上位の神のみが座す事を許された「空の間」。透明の光が空から降り注ぎ、煌めく星々が黄昏の空を照らす不思議で、神聖な空間。そんな空間の真ん中で、1人の女が座椅子のような物に座りながらその瞳を閉じていた。薄紫の長い髪が特徴のその女は、真界の神々の最上位神、『空』と呼ばれる存在であった。
「っ・・・・・・・・・・?」
何かがこの空間にやって来る、転移の力の兆候を感じた女がその透明の目を開く。この神聖な場所にいったい何者が転移してこようというのか。この場所に入る事が出来るのは真界の神々のみ。少し前に人間である帰城影人がやって来たが、あの人間は唯一の例外だ。そして、帰城影人は既に死に、その存在は世界から消されている。
(いったい何者ですか・・・・・・・・・・?)
女が疑問を抱き、全知全能の力を以てここに転移してくる存在の事を識ろうとした。だがその力を使う前に、その存在は唐突に女の前に現れた。
「――ん? 何だ、今の『空』はお前か。久しぶりだなぁ。随分と出世したじゃないか、シトュウ。そうか、そうか。吾を慕い、吾を貶めた主犯であるお前が現在の『空』か。ははっ、まあ考えればそうさな」
現れたのは『空』である女と同じ、透明の瞳をした女だった。女は現在の『空』である女の昔の名前を呼ぶと、ニヤニヤとした顔でそう言ってきた。
「なっ・・・・・・・・・・・・・・・!? な、なぜ・・・・・なぜ、あなたが・・・・・・・・・・」
女の姿を見たシトュウは、その顔を驚愕の色に染めた。転移してきた女の事をシトュウはよく知っている。だがなぜだ。なぜこの女がこの場所に入れる。
「あなたは真界を追放され、この世界に入る事を禁じられたはずです! 私を含めた他の真界の神々によって! それは不変の掟として!」
シトュウは彼女にはとても珍しい事に、女を睨み叫んだ。その顔には混乱と疑問。そして、隠せぬ恐怖があった。全知全能の真界の最上位神に恐怖を抱かせるなど、普通はあり得ない。確実に。だが、目の前の女は例外で、全ての外に位置する存在だ。シトュウはその事をよく知っていた。
「ああ、確かにそうだよ。だが、お前は1つ勘違いをしているなシトュウ。吾が奪われたのは、この世界を含めた世界を開く力だ。つまり、それ以外の方法なら、吾はいつでもここに戻って来る事が出来た。今回はこのオモチャを使わせてもらった」
「っ・・・・・・?」
女は左手に持っていた短剣をシトュウに見せた。シトュウはそのナイフが何であるのか識ろうと、全知全能の力を使用した。女の透明の瞳に無色の光が輝く。瞬間、シトュウの中にあの短剣の情報が入って来る。
「『帰還の短剣』・・・・・そういう事ですか・・・・」
「全知の力か。しっかり使えてるじゃないか。ああ、そういう事だ。吾はこの短剣を刺して、この場所に来た。まあ、肉体というか器がないと刺さらなかったから、あいつから人形の器を借りたがな」
右の掌にある刺し跡を見せながら、女がそう説明する。女が説明したように、女はいま人体に非常に近い、精巧な人形に憑依しているため、血は出ていない。空洞のような刺し跡があるだけだ。
ちなみに、今述べたように、女には現在実体がある。人体を精巧に模した人形をあの男、『物作り屋』から借りたのだ。ゆえに、女は現在人形に憑依している形になっていた。姿が女の元の姿と同じなのは、人形の「器に入っているモノに合わせてその姿を変える」という効果のせいだった。
「この短剣で傷つけられた対象は、その者と最も縁の深い場所へと還される。ゆえに、吾はこの場所に戻って来た。この真界が、特にこの『空の間』が吾にとって1番縁が深い場所だからな。お前の先代、前『空』である吾にとって」
「・・・・・・・・そうですね。あなたにとって1番縁が深い場所は、間違いなくここでしょう。私の前にここに座っていたのは、あなたですから」
女の言葉をシトュウは肯定した。そう。シトュウの目の前にいるのは、シトュウの先代の『空』であった者だ。かつて、シトュウが仕え敬愛していた存在。だが、様々な事があり、女はシトュウを含む真界の神々に力を奪われ追放された。
「・・・・そんなあなたが、いったい今更何の用ですか? 私たちに対しての復讐ですか、それとも・・・・・・・・」
「ああ、そんなつまらない用事じゃないさ。吾がわざわざここに来た理由はただ1つだ」
シトュウの言葉を即座に否定した前『空』であった女は、シトュウにこう聞いた。
「シトュウ、お前はなぜ影人の存在を消したんだ? 吾はその理由をお前に聞きに来た」
シトュウの透明の瞳。『空』の証であるその目を自身の透明の瞳で見つめながら。
――現在の『空』と先代の『空』が相対する。その結果に果たして何が起こるのか。分かる者はこの世に存在しなかった。




