第1239話 生と死の狭間で(1)
「俺のこれからの道だと・・・・・・・・・?」
謎の男の言葉を聞いた影人は、訝しげな声を漏らした。そして、どこか自虐的な笑みを浮かべた。
「はっ、死人のこれからの道ね。つまりは、天国か地獄かそういう話かよ。わざわざご苦労さんだな」
「理解が早いね。まあ、ありていに言えばそういう事だよ」
男は影人の言葉に軽く頷くと、パチンと右手を鳴らした。すると、影人から見て左方面の空間に、金と白の装飾が施された荘厳な巨大な扉が、右方面の空間に、銀と黒の装飾が施された恐ろしげな巨大な扉が現れた。
「君には2つの道がある。1つは、左の扉を潜る道。あの扉を潜れば、君は俗に言う天国に行く事が出来る。もう1つは、右の扉を潜る道。あの扉を潜れば、左とは逆、つまり俗に言う地獄に行く事が出来る。さて、君はどちらの道を選ぶ? 帰城影人くん」
男は左と右の扉をそれぞれ指差しながら、影人にそう聞いて来た。その言葉を聞いた影人は「は?」と思わず声を漏らしてしまった。
「・・・・・それ、右の扉選ぶ奴いんのかよ?」
「多分だけど、ほぼいないと思うよ。普通、人間はみんな天国に行きたがる者だしね。地獄を選ぶ人間は、まあいないだろうね」
どこか呆れたような影人の質問に、謎の男は苦笑した。それはそうだろう。影人は率直にそう思った。
「というか、俺は死んだばかりで知らないが、死後の世界の行き先を選べるのかよ。こういうのって、上位存在が決めたり裁いたりするもんだと思ってたんだが・・・・・・」
「いや、基本はそうだよ。ただ、君の場合は特別だというだけさ」
生前の知識を頼りに話す影人に、男は首を横に振る。自分が特別だという言葉を聞いた影人は、次にこう質問した。
「俺が特別だっていうなら、何を以て俺は特別なんだ? 自慢じゃないが、死後の行き先を自由に決められるような徳の高い事はしてなかったぜ。生きていた時の俺は」
「・・・・・なるほど。君はそういう人間なんだね」
「?」
影人の言葉を聞いた男は、どういうわけかそういう言葉を漏らした。影人は男の呟きの意味を理解出来なかった。
「いや、何でもないよ。そうだね、多分だけど・・・・・・生前の君の行いを冥府で位の高い誰かが見ていて、その誰かが君に褒美を与えたんじゃないかな」
「何だその煮え切らない答えは・・・・・」
「ごめんごめん。でも、僕にはそうとしか答えられないんだ」
呆れたような影人の呟きに、男は軽く笑った。そして、影人に改めてこう聞いて来た。
「それで、君はどちらの道を選ぶ? とにかくとして、君には死後の道を選ぶ権利がある。だから、選んでほしい。どちらかの道を」
「・・・・・もう1つ聞かせろ。お前の言葉が嘘でも引っ掛けでもないっていう証拠は? 例えば、お前が嘘をついていて、扉の名称を逆に言っている可能性もあるわけだ。お前が悪意ある存在で、俺を地獄に導く奴であるかもしれないわけだ」
影人は前髪の下の目でジッと男を睨んだ。そもそも、この男は胡散臭い。いきなり死後の行き先を自由に決めさせてやるというような事を、捻くれ屋の前髪は信じられなかった。




