第1210話 決戦、レイゼロール(4)
「はぁッ!」
「シッ・・・・!」
陽華が右の蹴りを放ち、壮司が刈り上げるように大鎌を振るう。レイゼロールは何でもないようにその攻撃を回避する。すると、そのタイミングで明夜の水と氷の流星がレイゼロールを襲った。
「・・・・闇の波動よ」
レイゼロールが力ある言葉を呟く。能力を強化するための詠唱だ。すると次の瞬間、レイゼロールの全身から強烈な闇色の衝撃波が放たれた。
「がっ!?」
「っ!?」
その衝撃波をまともに浴びた陽華と壮司は、全身が軋むような、ハンマーに殴られたような激しい衝撃に襲われた。だが、明夜の水のベールのおかげで、骨が砕かれるようなダメージまで負う事はなかった。水と氷の流星も、その衝撃波に弾かれてしまった。
「ふん」
「「っ〜!?」」
レイゼロールは衝撃波を浴び隙を晒した陽華と壮司に、左の裏拳と右の蹴りを叩き込んだ。その打撃を受けた2人は自分の骨が砕けた音を聞いた。
「次は貴様らだ」
「「っ!?」」
レイゼロールは視線を後方にいた明夜と光司に向け、神速の速度で2人に接近した。一瞬で自分たちの前に移動してきたレイゼロールに、明夜と壮司は驚いたような顔になる。
「月下さん、下がっ――!」
「遅い」
光司が明夜を守るように剣を振るおうとする。だがそれよりも速く、レイゼロールが光司の腹部に右の拳を穿った。
「ごふっ・・・・・・!?」
水のベールで拳の威力は軽減されているはずなのに、内臓が飛び出そうなまでの衝撃だ。光司に拳を穿ったレイゼロールは左足で光司を側面に蹴飛ばした。
「ッ! 水氷の――!」
明夜が左手をレイゼロールに向け迎撃しようとする。しかし、レイゼロールからしてみればその動きはひどく緩慢に見えた。眼の強化は使っていないのにだ。それは、光臨したといっても、そもそもレイゼロールと光導姫たちのスペックが違いすぎるという事の一種の証明だった。
「・・・・ふん」
「ぶっ!?」
レイゼロールは左手で明夜の顔面を鷲掴みにした。急に凄まじい力で顔面を掴まれた明夜は、痛みと驚きに思考を強制的に奪われた。そして、レイゼロールは右手に闇色の風の球のようなものを創造した。それは衝撃波を球体状に圧縮させたものだった。
レイゼロールは左手で明夜の顔面を掴んだまま、乱暴に左手を回す。そして右手の勢いをつけて右手に創造した圧縮球体を明夜の体に押し付けた。
「弾けろ」
「っ〜!?」
レイゼロールが解放の言葉を述べると、圧縮されていた衝撃波が解放された。その衝撃波をゼロ距離から受けた明夜は、肉体の悲鳴を聞き、声にならぬ声を上げ遥か後方に吹き飛ばされた。
「・・・・光臨した光導姫といってもこんなものか」
陽華、明夜、光司、壮司の4人をまるで児戯の如くあしらったレイゼロールは、ポツリとそんな言葉を漏らした。正直に言えば、全ての力を取り戻した今のレイゼロールからすれば、光導姫たちは敵にはなり得なかった。
(これならば『終焉』の力は使わないで済みそうだな。今はまだ儀式の途中。出来るだけ、あの力は使いたくはない)
続いて、レイゼロールは内心でそう呟いた。レイゼロールが「死者復活の儀」に、死者と関わりがあるものとして供えたのは『終焉』の力だ。本来ならば物質を供えるのが普通であるのだが、レイゼロールは兄であるレゼルニウスに関係する物質は持っていなかった。兄が殺され、すぐに逃げ出したからだ。
結果、レイゼロールは兄と自分しか持たなかった『終焉』の力を供えたわけだが、そこには1つだけ危険な、不安定な点があった。それは、供えた『終焉』の力とレイゼロールの『終焉』の力が繋がっているという点だ。
「死者復活の儀」は禁術。その儀式は非常に緻密な力のコントロールが要求される。既に儀式も半ばに差し掛かっているので、そのコントロールのプロセス自体はもう終わっているのだが、レイゼロールにはまだ力をコントロールするものがあった。それが供物である『終焉』の力だ。
つまり、レイゼロールが『終焉』の力を使えば、儀式に捧げた『終焉』の力と繋がってしまう。普通に使えば問題はないのだが、例えば『終焉』の力の使用中に感情が少しでも昂ってしまう事などがあれば、『終焉』の力のコントロールが乱れる可能性がある。そうなれば、儀式はその瞬間にでも失敗してしまう可能性が大いにあるのだ。そのため、レイゼロールは出来るだけ『終焉』の力を使用したくはなかった。
「ぐっ・・・・げほっげほっ! だ、大丈夫・・・・み、明夜・・・・」
「がほっげほっ! な、なん・・・・とか・・・・生きては・・・・いる・・・・わ・・・・」
一方、レイゼロールにあしらわれた陽華と明夜は倒れながらそう言葉を交わし合った。明夜が吹き飛ばされた方向は奇しくも陽華の近くで、2人は少し離れた位置から互いの姿を確認した。
「た、立てる・・・・陽華・・・・?」
「しょ、正直痛すぎて立ちたくない・・・・けど・・・・た、立つよ・・・・私は・・・・」
「そ、そう・・・・よね・・・・私たちは・・・・立たなきゃ・・・・いけないわ」
「う、うん・・・・私たちを・・・・ここまで・・・・導いてくれた・・・・みんなの・・・・ためにも・・・・」
明夜と陽華は激しく痛む体に力を入れて、無理やり立ち上がった。痛い。苦しい。だが、それでも2人は立ち上がらなければならない。レイゼロールの元まで辿り着いた光導姫である自分たちには、世界の未来を切り開く責任があるのだから。
「っ、俺はまだ・・・・・・・・!」
「ぼ、僕は守護者だ・・・・2人よりも先に・・・・倒れる事は・・・・!」
壮司と光司も互いの思惑や信念のために、痛む体に鞭打ち立ち上がる。壮司にも光司にも、まだやる事があるのだ。
「こなくそッ! よし・・・・! まだまだァ!」
「ラスボス戦はまだ始まったばかりよ・・・・! もう終わりなんて・・・・認めないんだからッ!」
立ち上がった陽華と明夜はそれぞれ拳と杖を構えた。その顔、その目。未だ諦めを知らず。ただ希望と勝利を信じ見据えるのみ。
「・・・・・・・・まだ来るというのなら、来い。絶望というものを骨の髄まで叩き込んでやる」
陽華と明夜のその目を見たレイゼロールは少し苛立ったような顔になり、2人の光導姫と2人の守護者にそう宣言した。




