第103話 正体(1)
転移してまず目に入ったのは海だった。
「海・・・・・・・東京湾か?」
影人が住んでいる地域は内陸に位置するため、普段から海というものは見えない。そのため海を見るのは久しぶりだった。
「っと・・・・・・・海を見てる場合じゃねえな」
まずは光導姫と闇奴がどこにいるのか探さなければならない。
『影人、少し急いでください。光導姫より先にあなたを転移させましたが、彼女が闇奴と対峙すれば勝負は一瞬で着くはずです』
「まじか・・・・・・そんなに強いのか、そいつ?」
周囲の様子を確認しながらソレイユの言葉に影人は疑問を返した。光導姫が転移していないとなれば今この辺りには、人払いの結界が展開されていないということになる。だが、元から人が少ない地域なのか周囲に人の姿は見えない。
『ええ。闇奴ならば文字通り一瞬で浄化できるでしょう。先ほども言いましたが、彼女は現在、日本で最も強い光導姫ですから。では、今から私は『巫女』を転送します』
その言葉を最後にソレイユの声はもう響かなくなった。
ソレイユの言葉を受け取った影人は、鞄から黒い宝石が特徴的なペンデュラムを取り出した。
「・・・・・・・・・」
レイゼロールとの戦いから、影人は1度もスプリガンに変身してはいなかった。それは偶々《たまたま》なのだろうが、今の自分の胸によぎるのはあの夜のことだ。
(・・・・・・スプリガンになったことで、また何かが俺の体を操ったら・・・・・・・いや、今はそんなこと考えてる場合じゃねえな)
どうしてもそんなことを思ってしまうが、今はそれよりもやることがある。
「――変身」
周囲に人がいないことを再度確認した影人は、ペンデュラムを右手に携えながらそう呟いた。
すると宝石がその色と同じ黒い輝きを放った。
そしてその輝きに呼応するかのように影人の姿が変化する。
制服は黒い外套に。胸元には深紅のネクタイが。ズボンは紺色に、足下は黒の編み上げブーツへと。
頭には鍔の長い帽子を被り、前髪の長さが変化する。整った顔が露わになり、最後に瞳の色が黒から金へと変化した。
その姿が完成すると同時に右手のペンデュラムはいつの間にか消えていた。
「・・・・・・行くか」
変身しても変わったところは今のところ感じない。影人は闇奴と光導姫を探すため、歩き始めた。
幸い闇奴はすぐに見つける事が出来た。
「ガァァァァァァァァァァァァァァッ!」
雄叫びを上げ、天に向かってその獰猛な面を突き上げている。
筋骨隆々とした四肢に特徴的な鬣。二足歩行をしているが、間違いない。
あれはライオンだ。ただ、その周囲には黒いオーラのようなものが渦巻いている。そのこともあれがただのライオンではなく闇奴であるということを示している。まあ、普通のライオンは二足歩行はしないし、こんな所にいることはないからすぐに闇奴とわかるが。
(いかにも強そうな闇奴だが・・・・・・・・あの闇人やレイゼロールと比べれば雑魚だな)
遮蔽物に身を隠しながら、闇奴の様子を窺う。もし、自分があの闇奴と正面から戦ったとして、負ける姿は想像出来なかった。
(というか、前から思ってたが何で闇奴はわざわざ叫ぶんだ?)
それは影人のちょっとした疑問だった。あの咆哮には何か意味があるのか。それともただ心が叫びたがっているだけなのか。
(まあ、どうでもいいか・・・・・)
途中、本当にどうでもいいということに気がついた影人は、さっさとその思考を中断した。
「・・・・・・・・・光導姫はまだ――」
影人の呟きの途中、一条の光が闇奴を貫いた。




