第101話 逃走とダミー(2)
「はあ、はあ・・・・・・・・ここまで来れば大丈夫だろ」
1階に降り、校舎から出た影人は人気のない校舎裏に移動していた。
「・・・・・・・・嬢ちゃんには悪いが、しばらくここで時間潰すか」
影人がお腹をすかせながら空を見上げていると、突然後ろから声が掛けられた。
「ひどいわ、影人。いきなり逃げ出すなんて」
「うおっ!?」
そんな驚きの声と共に後ろを振り返ると、そこには少しツリ目気味のシェルディアがその場にいた。
(まじかよ・・・・・・・追いついてきたってのか?)
そもそもシェルディアはなぜこの場所がわかったのか。風洛高校を初めて訪れるシェルディアがこの場所を知っているとは思えない。すると、やはり追いかけてきたという結論に達することになる。
だが、自分の後ろからこの少女が追いかけてきたのなら、自分にもわかったはずだ。自分が逃走している間、誰かが自分を追跡していたとは影人は記憶していない。いや、とにかく自分も焦っていたから、間違いないとは言い切れないが。
しかし、結果だけを見るならばこの少女は今この場にいる。それが全てだ。
やはりこの少女はどこか不思議で底知れないと影人は感じた。
「私、あなたにこれを届けに来たのだけれど、なぜ急に逃げ出したの?」
「・・・・・・・・・ごめんな嬢ちゃん、いきなり逃げて。別に嬢ちゃんが苦手とかそういうんじゃないんだ。ただ、俺はどんな形であれ俺に注目が集まるのは嫌なんだよ」
影人はそう言うと、シェルディアに頭を下げた。嘘は言っていない。影人が逃げ出したのは、シェルディアと共にあの2人がいたからだが、目立つということも嫌だった。
「そうだったの。ちょっと意外ね、あなたと出会ってまだ2日だけど、見た目の割にそんなに暗くないのに」
「・・・・・・・・まあ、嬢ちゃんはいい意味で他人だからな。でも学校っていうのは、どんな形であれ人と関わる。しかもその関わり方がしばらく俺の日常に影響を与えちまう。だから、俺は好きで目立たないようにしてるのさ」
言葉がしっかりとまとまっていない。その自覚は言葉を発した影人にもあったが、まだ若い影人はこんな考え方さえ満足に説明できない。
「わかりにくいよな、悪い」
ため息を吐きながらそう付け加えた影人に、しかしシェルディアは理解したというような表情で笑みを浮かべた。
「いいえ、わかるわ。人間には1人1人に独自の世界があるものね。じゃあ、私もすぐにここを去るわ。はい、これ」
シェルディアは手に持っていたお弁当を影人に手渡した。
「・・・・・・・・ありがとう。実は腹減ってて・・・・・・・・本当に助かったよ」
「ふふっ、どういたしまして。あなたとあなたの家族にはお世話になってるから、これくらいはね」
いつになく素直な影人は感謝の言葉と、学校では浮かべないような笑顔を少女に向けた。
「シェルディアちゃん、いつの間にいなくなったのかしら」
「ね、気がついたらいなくなってたし。でもいなくなったてことは、お弁当渡せたってことじゃない?」
「まあ、そうなるか。あのエイトって人の友達もお弁当持ってなかったし。あの人も私達と同じでシェルディアちゃんがいついなくなったか分からない感じだったものね」
放課後。陽華と明夜は正門に向かいながら、今日の昼休みの出来事を話し合っていた。
「きっとそうだよ。――ん? あそこにいるのって香乃宮くん?」
陽華は正門の脇に光司が立っていることに気がついた。光司は陽華の視線に気がつくと、優雅な足取りでこちらに近づいてくる。
「やあ、2人とも。少しだけいいかな?」
いつもと同じ爽やかな笑みを浮かべながら、光司は2人に話しかけた。
「うん」「ええ」と、陽華と明夜は頷いて了承の意を示す。その様子を見た光司は「ありがとう、時間は取らせないから」と前置きして言葉を続けた。
「月下さんも朝宮さんから聞いてる思うけど、実は光導姫ランキング4位の彼女――『巫女』と会えることが決まった」




