第137話 『洗礼』
一つの戦いが終わり、少女達に笑顔が戻る。
イデア攻略作戦はここに成功をおさめた。大きな戦いであったが、誰も犠牲者はいない。それだけでも、素晴らしい事である。
「あ、そうだ。少し、いいかな? メーデン、こっちおいで」
「は、はひ?」
パメラはエプロンをアリアに預け、再び水辺へと向かう。
「約束。これから一緒に、お風呂入ろう」
「んほぉ!」
メーデンは飛び上がった。慌てて衣装を脱ぎ捨て、アカまみれの裸を隠しながらお湯が張ってある方へと勢いよく飛び込む。
「聖女さまー、えへへ、やっとデレてくれましたねえ」
「一緒の馬車で帰るんだよ? 臭くても逃げられないもん」
「という事は……また、おそばにいてもいいのですか……?」
「うん。嫌ならここに置いていってもいいけど」
「うひぃ」
結局は辛辣なパメラに、そうこなくてはとまたも興奮を催すメーデン。
本当は自分に嫌気が差して逃げ出したのだと思っていた彼女にとって、その言葉は何よりの救いでもあった。
「ほら、せっかく綺麗なんだから、清潔にしてないと」
「あ、あの、胸ってアカが貯まりやすいですよね。ほら、特に私大きくて。だから、いっぱい洗ってください」
「わかった。んしょ、んしょ」
侍女を逆に洗ってあげる事なんて初めてかもしれない。パメラは後ろからその大きな胸を持ち上げ、石けんで丹念にこする。みるみる流れていくアカと共に、永く辛い日々の残滓がカタルシスのように流れていった。
「だめぇ……、聖女さまの可愛らしい指が先にあたって、まさにメーデン・イン・ヘブンですぅ!」
「もう、うーるーさーいー!」
「あっ、あっ、神聖四文字でた! 我が主よ、パーメン!」
めくるめくご褒美に、よく分からない言葉と共に鼻血がまき散らされた。皆が見ているというのに、メーデンはめくるめく自分の世界へと旅立つのであった。
「私もいいかしら、少し、冷えてしまったから」
そんなおかしな気に当てられたのか、アリアもその後ろに腰を下ろした。メーデンと互いにパメラをはさみ、少しだけ嫉妬したように身を寄せる。前後に浮かぶふくよかな球体に、パメラは急に恥ずかしさがこみ上げてくるのであった。
「私も少し大きくなってきたけど、どうしたらそんな風になるんだろう……」
「そうね、毎日、する? たくさん、良くしてあげるわ」
「し、しないから!」
パメラの顔は火が付いたように真っ赤になった。しかし、その体はアリアの側を離れない。アリアはそれをオッケーの合図と取り、舌なめずりをした。
「する、とは?」
侍女として、それは聞き捨てならないとメーデンが振り返る。
「セックスよ」
「だめですだめです! そんな事は禁止です! 私の目が黒い内は聖女様は処女なんです! そして私の愛がいつか届き、処女懐胎して、その子と三人で幸せに暮らすんです!」
こじらせすぎた欲望が恥ずかしげもなく飛び出した。そんな空想を受け、持ち前の作家魂に火が付いたアリア。
「あなた、中々の作家ね。私の物語では、私は愛人としてパメラの子を宿すの。でも、生まれた子は聖と魔、二つの属性を持ち、やがて天界と魔界を統べるマレフィ・セイントとなるの。人間界を統べるのは、パメラと、彼女の愛する人。だから、あなたの出る幕はどこにもないわ」
それには鼻息を荒くし、メーデンも負けじとまくしたてる。
「じゃあ、私も子を産みます! 聖女さまの優秀な遺伝子が、私のできそこないの遺伝子で失われ、魔力もちゃんと打ち消されて……、あれ?」
「それなら、体臭も受け継ぐんじゃないかしら。このニオイ、あなたのだったのね。アレの最中、ずいぶんと邪魔してくれたけど」
「という事は、私もそこに居たという事になりますね。これは実質三位一体ですね、聖女さま!」
二人は張り合うようにおとぎ話を空想し、パメラを挟みあってはふくよかな胸を押しつけあった。
「むむむ……」
間に挟まれるパメラの顔はすでに息も出来ないくらいそれらに押しつぶされ、とうとう怒り出してしまった。よって、久々のパメラ正座の刑が二人には科せられる事となる。
「勝手なことばかり言わないで! 私にはロザリーがいるんだからっ!」
色々あったものの、ようやくいつもの空気が戻ってきたようだ。二人が説教されている間、ムジカも白竜を洗ってあげる事にした。
「キミ、白いのに汚れてるから灰色竜だナー」
(ムジカ、ありがとう。たまに水浴びはしているんだけど、あまりこの近くを離れるわけにはいかなかったから)
「大変だったネー。そうだキミ、名前、なんていうの?」
(ボクは、そうだね……。封印竜の名前は、ソロモンズアークを封じる鍵になるんだ。昔にも名前を貰った事があるけど、その鍵は一度使って効力を失ってしまった。だから、今は別の呼び名が欲しいな)
「カギかー。じゃあ、大事だね」
色々と考えてはみたが、あまり言葉を知らないムジカに良い案は思い浮かばない。
「ウーン。ねえ、アリア、この子の名前、何が良い?」
説教から抜け出せると思い、アリアはムジカの方へ移動した。一人残されたメーデンはどうも喜んでいるようである、ここは彼女に任せておくべきだろう。
「そうね、白いから“白いの”でいいわ」
「そんなてきとーなのダメ!」
「いいじゃない白いの、少し意味深で」
「むー!」
この小さな友人はどうもお気に召さないらしい。アリアは少し考えて、好きな絵本からある名前を盗用した。白金。身ぎれいになった輝く白い竜を改めて見ると、とてもふさわしい名前だと思えた。
「じゃあ、プラチナでいいでしょ」
「おー、いいネー。よかったナ、プラチナ」
『ありがとう、アリア。なんとなく、以前のものと似た感じの名前だ。嬉しいよ』
そう通訳され、アリアも適当に付けただけではあるが喜んだ。
「どういたしまして、白いの」
「あー、また白いのって言う」
「ふふ、それで充分よ」
彼女なりの照れ隠しである。プラチナも、諦めたように目を細め笑った。
「ねえ、アリアって、絵本好きなノ? 下にたくさんあったけど」
「ええ、好きよ。自分で描いたりもしているわ」
「すごいねー! じゃあ、おばけのルーシーって知ってる?」
アリアは、自身の創作するきっかけを与えてくれた作品の名前が出てきた事に驚く。
「あれは、私も好き。最後消えてしまう所にずいぶんと共感したもの……」
「それがムジカわかんないノ! 消えちゃったら全部終わりだよ? コレットせんせいは何でか教えてくれないし」
「そうね、自分よりも大事な物が見つかったから、と言えば分かるかしら」
ムジカはウーンと首をひねった。
「でも、残された子、もうルーシーに会えない。その子の事、考えてない」
「まあ、答えなんてないのよ。あなたが思うそれも正解」
アリアも今ならその意見に賛同できる。確かに、残された子もまた、ルーシーを愛していたのだから。そして、パメラも私を……。その先は、そっと胸にしまった。
「みんなもおいでー! 暖かいよ」
説教を終えたパメラが、周りで眺めているだけの皆を呼ぶ。その姿は天真爛漫な少女そのものである。
ディーヴァはその裏に、カオスを失った不安を人との繋がりで埋めようとするいたいけな感情を見た。あまり長居する事も危険だが、ここは一つ彼女のために文字通り一肌脱ぐべきだろう。
「よし、では私達も行こうか。お前達も汗をかいただろう」
健康的な褐色の肌がまぶしい。残されたコレットとリュカの二人は、顔を見合わせ一緒にお風呂に入るかどうかの相談を始めた。
「レディですもの……こんな所で裸になんて……」
「うん……こんな布一枚じゃ、恥ずかしいよね……」
意外にもリュカは乙女であった。コレットはそれを少し笑う。
「案外、あなたにもそういう所があったのね」
「だって……胸とか、尻とか、だんだん変わってきて、あたい、女なんだって」
「それはわたくしに対するイヤミかしら……」
「男に生まれてたら、マレフィカじゃなかったのかな。でもロザリーと結婚出来たんだよな……どっちも捨てがたいなぁ」
「あの、無視しないで下さる? 惨めじゃない……」
少し拗ねるように、コレットは裸のアリア達を眺めた。まるで、レディとはこういうものだと言わんばかりの体型に、ますます憧れは強くなるばかり。本来の成長通り二十歳となっていれば、自分もこうであったのだろうか。特にアリアのルックスは、コレットの理想像とも言える完璧なものであった。気がつくと、彼女ばかりを目で追っている。
「ああ、わたくしも、挟まれてみたいわ」
「それこそ惨めだろ……」
ふいに口をついた独り言に、次はリュカが呆れて見せた。
そんな二人をよそに、青空の下、少女達のはしゃぐ声が響き渡る。すると何だか小さな事で悩んでいる自分達が途端に馬鹿らしくなった。
「へへ、あたい達も、いこっか」
「ええ、仕方ありませんわね!」
激闘の証でもある全身の血を洗い流し、二人も恥ずかしそうにお湯へと浸かった。
そんなウブな二人に唾をつけようと、再び悪魔が付け狙う。
「あら、かわいらしい魔女ね。あなた、私の事ちらちらと見ていたでしょう」
「あ、アリアさん? いえ、見てないです……」
「嘘。絶対見てたわ」
コレットはリュカに助けを求めるも、彼女はすでにディーヴァと互いの体を称え合う謎の交流に夢中だ。
「えっ、あっ、リュカさん? 逃げましたわね!」
「さすが姐さん、腹筋が切れてるなー! それにでかい!」
「お前も鍛えていれば私のようになれる。無駄に量をつけず、鍛錬による自然な体作りこそ、勇者への一歩だ」
「いっぱい食べて、たくさん鍛えて、たっぷり出す。觔斗雲ならぬ、筋とウン、だね!」
「ははは! こいつめ!」
クロウばりのつまらないギャグが響き渡る。どうもディーヴァには気に入られたようだ。
「うう……リュカさん……覚えてらっしゃい」
コレットはそのままアリアに捕獲され、その小さな体をちょこんとひざの上へと乗せられた。クラクラするような熱視線と、どこまでも柔らかい体。首筋に掛かる熱い吐息と、未熟な体を這う細長い指先。
「あなた、お人形さんみたいね。髪もふわふわ」
「わ、わたくしは、こう見えて立派なレディですのよ! か、からかうのはおよしなさい!」
「じゃあ、いたずらしても合法という事ね」
「ち、ちがっ! ああー!」
そんな騒がしい声につられ、ようやく身体が動くようになったクリスティアとグリエルマも屋上へと現れる。さらに囚われのマレフィカ達も、久しぶりのお風呂を見ては喜んだ。
「君達、遅いと思ったらこんな所で……」
「まあ、良いではありませんか。そうです! あなた方もどうぞ入っていらっしゃい。ここに捕らえられてから、そんな自由などなかったのでしょう」
その声に、十人ほどの娘達の肌色も踊った。
魔力を熱源にした絶景温泉も、これがおそらく最初で最後である。この地を悲劇のまま終わらせない思い出としてはもってこいだろう。
「クリスティア! こっち!」
パメラが呼んでいる。溢れる安堵感。クリスティアは泣きながらパメラに抱きついた。
「パメラ! 良かった、無事で……」
「そうだな、君自体無事ならば何も言う事はない」
先に降りていったヴァレリアから、パメラのカオスが消えた事は二人も聞いていた。だがやはり、グリエルマの神美眼にもそのカオスの姿は映らない。しかし、あまり不安げな顔をするべきではないだろうと今は笑顔を作った。
そこへ、目ざとくアリアもやってくる。彼女に遊ばれたコレットは、なぜかぐったりとしていた。
「パメラ、彼女がロザリー?」
「違うよ。今は拠点でお留守番してるの。この人は、ローランドの姫様」
「破滅の……いえ、アリアさん。魔女の組織ヘクセンナハトを率いる、クリスティアと申します。どうぞ、よしなに」
「君がアリアか。なるほど……これは」
グリエルマはアリアの頭上を見上げた。もはや塔にすら入りきれないほどの大いなるカオス。それは、塔の頂上にいて初めてその顔を眺めることができるほどの巨大な竜であった。まさに全てを識るかのような、落ち着いた眼差しがこちらを見つめる。
「ここまでの魔力があるならば、もしかすると……」
こちらをじっと見つめては何かを企むグリエルマに、アリアは恥じらうようにその体を隠した。あけすけと振る舞ってはいるが、大人は苦手なのだ。まして、彼女はガーデンの出身である。つまり、ここにいるという事は、彼との確執を精算したと言う事。
「あなた、やはりそちらについたのね。で、彼とは戦ったの?」
「アルブレヒト……か。すまない、絶対零度を作りその動きを封じたまでは覚えているが、どうも気を失っている間に何者かが決着を付けたらしい。どうあれ、彼を結果的に殺めてしまったのは私だ」
アリアは少し驚いた顔をする。彼女へのかすかな怒りから、思った以上に彼に対する思いがあった事に気づいたのだ。
「謝る必要はないわ。不真面目だけど、誠実な人だった。嫌いではなかった。ただ、それだけ」
「死者を悪く言うつもりはない。彼は彼なりに、勇敢に戦ったよ。これまで見たことない、満足そうな最後だった」
「アルブレヒト……」
彼を知るパメラとアリアは目を閉じ、静かに彼の死を弔った。
「パメラ、湯冷めするわ。戻りましょう」
「うん、クリスティア達も、ほら」
「あ、私は……」
ふと、クリスティアから立ちのぼった臭いがパメラ達の鼻腔をくすぐる。
「あれ? このにおい……」
「あ……」
その指摘に、恐怖から失禁してしまった事を思い出したクリスティアは、また泣き出してしまった。すでにその自尊心は深く傷ついている。
「ごめんなさい……、私……怖くて……」
アリアは、そんなクリスティアの唇に指を当てた。
「かわいいわね。大丈夫、パメラだってさっき私に向かっておもらししたから」
いたずらに笑いながら、彼女は誰にも聞こえないようにそう伝える。
「あー! なんで言うの! あれはアリアが」
しーっ! とアリアはそこから先を制した。パメラもこれ以上言うと自爆だと気付く。
「えへへ、おもらし仲間だね、私達!」
「パメラ……」
パメラはクリスティアの涙をぬぐった。すると今まで、パメラに対してどこか張り合っていた、彼女の邪な心が次第に溶けていく。
「ど、どうしたの?」
「ふふ。本当は少しだけ、あなたに嫉妬していました。でも、そんなのもうどうでもいい。ありがとう、パメラ」
親しみを込めてそう呼ばれ、パメラは私こそ、とクリスティアを抱き寄せた。
クリスティアは失禁により汚れたドロワーズを脱ぎ捨て、皆と共にただの少女へと戻る。
「グリエルマ殿、貴女も休息が必要だろう。こんなに血を流して」
「ディーヴァ……ええ」
グリエルマもディーヴァに連れられ、ただの乙女へと戻る。
それは死闘の果てに得た、ささやかなひとときであった。
「何者にも囚われず、空を纏う魔女……。ああ、なんと美しい光景だ」
「グリエルマ殿?」
「スカイクラッドの乙女達。そうだ……これこそ、私の理想かもしれん」
グリエルマは一人涙を流す。いつか、自身の育てた気高き魔女達が、空に舞うこの光景を蘇らせる事を夢見て。
聖女と共に、様々な穢れを洗い清める。それは、一種の洗礼の儀式。
魔女にとって忌まわしきイデアでの戦いは浄化され、ここに長き戦いの全てが終わりを告げるのであった。
―次回予告―
新たなる魔女の可能性。
それは、共に手を取り合う力。
そう、私達は決してひとりじゃないから。
第138話「カオスコネクト」




